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「と、ところで。『ボーイズ☆ステージ』ってか、『スーパーノヴァ』で誰が一番推し?」
「それ聞かれると難しいな」
日比野は癖なのか口元に拳を置くと思案気な顔つきになり、その後雑誌の表紙にあるグループの写真の上を指先でぐるっと輪を描き囲った。
「基本箱推し。みんな好き」
「分かる~、全員キャラが立ってて誰一人かけても『スーパーノヴァ』じゃないって思うし、二人ずつの組み合わせでもカラーが変わって別の魅力がでてくるよね。モデルチーム、ダンサーチーム、バラエティーチームみたいに。でも僕はやっぱり不動のエース「アヤ」かな」
何しろアヤは『ボーイズ☆ステージ』の真秀の推し、アキのモデルになった人物だ。グループで年齢も上から二番目、年下のメンバーへの気遣いも素晴らしくて優しく見守り時には励まし、みんなの精神的な支えになっている。気遣い上手でまさに漫画で言うところの「スパダリ」属性がある人物だ。
「俺もしいて言うならやっぱ『アヤ』だな。あんな風に自在に身体を動かせたら気持ちいいだろうなって思う」
そう言われて、すかさず「同担」と深く頷くと、「日比野君、アヤに似てると思う」とぽろっと口を滑らせてしまった。
すると日比野は耳の先を赤くして、さっき真秀がそうしたように頭に乗せたままだったタオルの端で顔をごしごし擦り始めた。
「……髪型アヤ意識してるの、バレたか。佐倉には恥ずかしいとこばっかバレるな。周りは女の子のアイドルグループ好きな奴ばかりなのに、男子グループが好きとか」
「えー! 男子グループカッコいいじゃん。憧れる気持ちわかるよ! それに日比野君、そもそもビジュがアヤに似てるんだもん。寄せて何が悪いの? 僕入学した時からずっと思ってたよ。何にも悪くないよ。日比野君は俺にとってどっちかっていったら『ボーイズ☆ステージ』のアキの2.5次元って思ってたんだから。あー言っちゃったよ。本人の前で。すげぇ恥ずかしい」
恥ずかしいついでにかましてやれとばかりに、真秀は背の高い椅子から飛び降りた。
(僕の持ちうる全てをつかって表現して、こいつの視線、今度は僕に向けてみたい)
借りたパーカーを脱いで椅子の座面に置くと、ズボンが張り付いて気持ち悪いが肩を上げ下げしたり、足を伸ばしたり縮めたりして軽く身体を動かし始める。
そんな真秀の姿を日比野はカウンター越しに次は何をしでかすのか、といった顔つきで見守っている。
「そうそう。アヤはさあ、アイソレーションの神だからさあ。あれ、ハートアタックのサビのとこ、わかる?」
スマホを取り出した日比野がすぐに『スーパーノヴァ』のニューシングル『ハートアタック』をかけてくれた。カウンターの端っこにあったCDラジカセをブルートゥース接続させ、小さなスピーカーから音楽が流れる。
狭い店内だがカウンターとソファー席の間にちょっとだけ通路がある。
真秀は観客を煽るような仕草をしながら笑顔で身体を動かす。サビのフレーズに差し掛かった瞬間、真秀は曲のコンセプトである魅惑的な死神を彷彿とさせる嫣然とした笑みを浮かべた。
悩ましいくいっとした腰つきや、しなやかに腕を振る仕草、全身の流れを途切れさせないぬるりと官能的なダンス。たった一人の観客の為に、雨音と大好きな曲をバックに、憧れの人の前で踊る恍惚感はどこか夢の中にでもいるような心地に真秀を誘う。
ダンスの師匠がいつも口にしている『ダンスの名人は髪の毛の先まで操る』動きを踏襲し、指先はおろか髪の毛の動きにまで神経を行きわたらせる。
(ああ、やっぱダンス楽しい。久々に人前で踊る)
途中からはもう、楽しくてたまらず、日比野がカウンターをでてこちら側まで来ていることにすら気が付かなかった。
「佐倉!」
音楽が終わるや否や、足元が浮いてしまう勢いで長身の日比野に力いっぱい抱き着かれた。
「お前、すげぇ。完コピしてた」
そのまま身体を腰の腰のあたりに手を回して持ち上げられて、勢いをつけてぐるぐる回られた。ソファーや机ぎりぎりだから怖くて参ってしまう。
「ひいい」
真秀は踊り終わった後だけでない心臓のばくばくに、文字通りハートアタックを起こしてしまいそうになって、顔を真っ赤にしたままぱしぱしと日比野の背中をはたいた。
「おろして」
「ダンス習ってるのか?」
足裏はついたものの、そのままお気に入りのぬいぐるみにでもするように真秀より逞しい腕にぎゅうぎゅうっと抱きしめられてから、アイドル顔負けの美貌で覗き込まれた。
さっき『スーパーノヴァ』の話をしていた時と同じぐらいに輝いた笑顔を見せられて、きゅーんとしてしまう。学校でこんな顔を日比野にさせる相手が他にいるだろうか。
(一瞬、僕が日比野君の視線独り占めできてたんだ)
盗み見るのではなく、真っすぐに正面から。
アイドルのステージを見ていた時みたいに、胸が高鳴る。
この胸の高鳴りは誰から与えられ、外からノックされたものではない。自分の内側から沸き起こってドンドンと叩いたリズムだ。ダンスの後で観客から拍手をもらった時にだけ起こってきた達成感や満足感、そしてちょっぴりの自信。忘れていた感覚を思い出して真秀は唇をむぐむぐっと引き結んで泣きそうになるのを耐えた。
そのあとわしゃわしゃと頭をかき乱されて興奮気味に両頬を掌で包み込まれた。
「佐倉、お前。前髪ないと顔の印象大分変るんだな? 凄く可愛い顔している」
またそんなことを言って人を揺さぶってくると思いつつ、真秀ははっと正気に返ると、乱れた前髪を整えようと必死に手を額にやる。
「みないで! ニキビできてるから」
「別に気にならないけどな?」
せっかく直したのにまた額を出させようとするから、真秀は眉を吊り上げて自分も手を伸ばして日比野の頬っぺたをやわやわとつねって応戦した。
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