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第2話
残照も消えて夜の帳が降りると、街路樹のシャンパンゴールドは一層その輝きを増していった。
たまたま仕事終わりに出くわしたこの点灯イベントは忘れていた元カレとの思い出を唯斗の心に浮かび上がらせた。そしてついその場に留まっていると抱きつかれるアクシデントに見舞われたのだ。
唯斗は人波に流されるまま、歩道を歩いていた。ひときわ大勢の人が集まっている場所があった。先月オープンした商業施設で、一段と派手なイルミネーションが装飾されている。さっきの関西弁の男がスマホを見せて訊いたところだ。
唯斗はさっきの男は自分に似ていると言った相手と会えたのだろうかと、どうでもいいことだと思いながらも少し気になってしまった。
子供頃はよく女児と間違えられたことはあったが、まさかこの年齢になってもまだ女性に間違えられるなんて思いもよらなかった。
まさか新手の痴漢ではないと思うが、首元に巻き付かれた時の腕の感じが元カレと同じだった。付き合っていた頃のことが鮮明に甦ってしまった。まだそんなことを覚えているなんて我ながら本当に女々しいなと自嘲したのだった。
唯斗は段々と集まってくる人の多さに圧倒されてきた。イルミネーションの街路樹から離れようと通りを曲がった。別に感傷に耽けりたいわけではないが、なんとなくまだこの場にいたいと思い、路面のカフェに入った。
店内は満席に近い状況だったが、たまたま窓際の一席が空いていて、そこに案内された。イルミネーションと絶えない人波が見える席だった。
唯斗はメニューの中に好きなモカジャワを見つけた。元カレと初めてカフェに行った時もモカジャワを注文したら、甘い飲み物なんて飲むの?と少しがっかりされた。それからは好きでもないブラックコーヒーを飲み続け、別れてから久しぶりに飲んだモカジャワがめちゃくちゃ美味しかったことを思い出した。
イルミネーションを見たばっかりに大して思い出したくもないことばかりが唯斗の胸に去来していたのだった。
店員が、お待たせしました、とモカジャワを運んできた。唯斗はゆっくりと一口飲んで、カップをテーブルに置いた時、唯斗の席のガラス窓をコンコンと誰かが叩いた。見ると知らない男がニコニコして立っていた。唯斗は今日は人違いをされる日だなとつくづく思っていると、その男はカバンから何かを出した。白のニット帽だった。唯斗はさっきの抱きつき男だとわかった。男はそれを被ると、唯斗の席を指差し、ジェスチャーでどうやら同席してもいいかと言っている様だった。
唯斗は仕方なく頷いた。
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