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第3話

 すぐに店の扉が開いた音がした。そしてその男に店員が声をかけたようだ。 「いらっしゃいませ。申し訳ございませんが只今満席でして…」 「あぁ、ツレが先に座ってんねんけど、そこ行ってもええかな」 「それでしたら、どうぞ」 「ありがとう」  店員との簡単なやり取りが唯斗の席まで聞こえてきた。 「おお、また会えるやなんて、ホンマ腰抜かしそうになったわ」  男はゲラゲラ笑いながら、唯斗のテーブルの傍にやってきた。抱きつかれた時は薄暗がりではっきりと顔まで見ていなかったが、ただ元カレと同じくらいの長身でであったことは覚えていた。が、実際は思っていた以上の立派な体軀の持ち主であった。男は黒のダウンジャケットを脱ぎながら唯斗の二人掛けのテーブルの空いている席に座った。 「さっきは、ホンマにごめんな…(いそ)いどったからちゃんと謝られへんかったけど、びっくりしたやろ?知らん男が急に抱きついてきて」 「まぁ…痴漢かと思った」 「そらそうやんな…俺かて何すんねんってなるわ」  唯斗はその男の人懐っこい笑顔であっけらかんとした態度にも呆れたが、男が待ち合わせらしき場所へ走り去ってからまだそんなに時間は経っていないのに、もうここに居ることが気になった。 「あのさ、ちゃんと会えたの?待ち合わせしてた人と」 「ああ、ちゃんと()うたで…けどな、速攻でフラれたわ」 「えっ?」  その時、店員が水とお絞りを持ってきた。男は唯斗が飲んでいるカップを見た。 「なぁ、それ美味しそうやな…なんていうやつ?」 「…モカジャワ」 「変わった名前やな…ほしたら俺もそれにしよ」  店員は男のコテコテの関西弁に少し笑いながら注文を受けた。  男は、そやからな、と言ってさっきの話しの続きを女声で始めた。 「私やっぱり、ケンちゃんとは無理みたい、やって…」  まるで他人事のように話した。唯斗は益々唖然とした。 「ああ、ケンちゃんって俺のことやで…俺な健吾っていうねん。自分は?」 「えっ?俺?」 「そう、何て名前?」 「あぁ、唯斗」 「唯斗か…可愛らしい名前やな。自分の雰囲気によう()うてるわ」  唯斗はその男、健吾はフラれたばかりだというのにどうして平然と話しができるのだろうかと思った。無理に心の内は隠しているのかそれとも本当に悲しくもないのか、健吾の顔をじっと見た。 「どないしてん?俺の顔に何かついてるか?」 「あっ、いや…」 「わかってんで、フラれたとこやのに、なんでそんな普通の顔してんねんて思ってるやろ」  健吾は笑いながら言った。そして少し真面目な顔をして、また女声を交えながら話した。 「待ち合わせのとこ行ったら彼女がな、イルミネーションが点く前にケンちゃんと会えたら、もう少しやっていけるかなって思ってたんだけど、やっぱり私達無理みたいって言われてな…まぁそれやったらしゃあないなって言うたら、しばらく俺の顔見て、そのままどっか行きよったわ」 「…えっ、それで、別れたの?追いかけなかったの?彼女はあんたが引き止めてくれるって思ってたんじゃないの?」  唯斗は自分の経験と重なって、ついムキになって言ってしまった。 「俺の話しにえらい熱心に聞いてくれるんやな」 「…いや、ごめん」 「まぁ、そうかもしらんけど。俺な、はっきり言うて駆け引きみたいなん嫌いやねん…それにな、二人のことをなんでイルミネーションが点いた時間に左右されなあかんねんって思ったんや…自分の気持ちは自分で決めなあかんやろ…って言うか、ツレから回り回って聞いた話しやけど、こっちで男できたらしいんや。たぶんやけど、どっちの男と付き()うていくか迷って、イルミネーションに決めさせよったんやな」  健吾は淡々と話した。そこに店員が健吾のモカジャワを運んできた。健吾は店員に、ありがとう、と言うと一口飲んで、美味しいやん、この変わった名前のやつ、と笑顔で言った。

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