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穂影くんのよくある一日 2

「いーなずみ」 コツンという痛みとともに、目が覚める。 ゆっくりと目を開けると賢太郎先生が教科書の背表紙を僕の頭の上に乗せながら、眉を顰めていた。 どうやら教科書で、文字通りたたき起こされたらしい。 「おきろー。俺の講義は、子守唄じゃないぞー。」 「ふぇ…?あ、すいません…」 僕のすっとんきょんな声にクラスメイトの笑い声が起きる。 賢太郎先生というのは、僕のクラスの生物の先生。 背はすらっと高く、細身で、フレームの細い銀色の眼鏡をかけ、いつも気怠そうな顔をしていて、髪はいつもぼさぼさで、授業は絶対に早く終わる。 めんどくさがりな性格というのは火を見るよりも明らかだ。 生物の授業ということは4限まで寝てたのか…… 昨日張り切り過ぎたからなぁ。 100%奏のせいだ…… あいつに何回も掘られた… 「はい、起て。」 先生に促され、ゆっくりと腰を上げる。 昨日、酷使した腰が、ずきずきと痛む。 マジで恨むぞ… 「稲角ー。昨日は夜遅くまで一体何やってたんだー?」 遅くまでお酒飲みながらセックスしてましたー。 と、言えるわけもなく、もじもじとたじろんでしまう。 「遅くまでゲームはダメだぞぉ。テストで赤点とっても俺は、知らないからなぁ」 賢太郎先生の言葉に笑いが起きる。 言いづらいことと察して空気を読んでくれたんだろう。 賢太郎先生の地味に気が利くところは割と好きだ。 「それと、せめて教科書くらいは開けとけ。俺が空しくなるから。」 「ご、ごめんなさい…」 しょんぼりとした顔をつくって謝る。 こうゆう細かいところでのキャラづくりが、モテる秘訣。 「賢太郎ちゃん、穂影ちゃんいじめちゃかわいそうだよー。」 クラスのムードメーカー、伏見が茶々を入れる。 派手な金髪に毛先をピンク色に染めた奇抜な髪形をしているが、悪い奴じゃない。 「いじめてない…教育だ。」 呆れた顔をして、賢太郎先生が返す。 伏見が茶々を入れてくるのはいつもの事なので、あまり注意する気もないらしい。 「ほら。120P開いて。上から2、4、6、8行目。はい読む。」 どうやら罰として教科書を音読しなければいけないらしい… うぇー。めんどくさい。 ちょっと高めの声をつくり滔々と朗読をする。 うわぁ、細胞とかわからないよ…… 今度奏に教えてもらおう… あれで奏は学年でもトップクラスの成績だったりする。 ほんと、イケメンで頭いいとか… 「はい、朗読お疲れ様。今日はそろそろ時間か…はい日直号令。」 まだチャイムのなる二分前だが、号令をかける賢太郎先生。 まぁ、いつもの事だけど。 日直がやる気のない号令をかけると、クラスメイトがばらばらと散ってゆく。 さて、僕も東と奏とで食堂に行こうかなぁ。 そんなことを考えていると、賢太郎先生がゆらゆらこちらに向かって歩いてくる。 「稲角―。あとで職員室まで来い。」 肩をポンとたたいてそう告げると、くるっとまわって去ってゆく。 去り際に風に乗って、煙草の匂いが微かに流れてくる。 あ…先生。僕と同じ奴吸ってるんだ…

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