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穂影くんのよくある一日 6

過ぎて欲しくない時間ほど足早に過ぎてゆくものだ。 そんなこんなでもうすぐ放課後になってしまう。 ちらりと、隣を見ると結衣ちゃんは口を真一文字に閉め、真剣な顔で前を見つめていた。 なんだか覚悟を決めたようにも見える。 どうしよう…… なんて言って断ろう… もやもやして、頭を抱えていると、必死に笑いをこらえる千春の姿が見えた。 今度ぶっとばそう… 「配布物は以上です。今日はとくに連絡事項はないかな。」 担任の設楽先生がホームルームの纏めに入る。 いつもはホームルームが短くてうらやましいといわれるが、今日ばかりはなんでこんなにも短いのかと思ってしまう。 「はい、それじゃぁ、今日は解散です。」 設楽先生のその言葉とともに、みなそれぞれ、散らばってゆく。 結衣ちゃんはというとさっきの前を向いた姿勢のまま目を閉じていた。 「じゃっ、穂影!また明日な!」 満面の笑みで千春がぽんと肩を叩きながら去ってゆく。 こいつ完全に面白がっている… じっと背中をにらんでいると、千春はくるりと振り向き、教室の扉を閉めながらパチリと片目を一瞬とじた。 うぇぇーー。 ウィンクかよ…… そんなことをしているうちに一人、また一人とクラスメイトが帰ってゆく。 そして、ものの十五分もしないうちに、教室から、僕と結衣ちゃん以外の人間はいなくなった。 あたりを静寂がつつむ。 時計の針の音だけがカチカチと教室内に響く。 「二人っきりだね…」 重い沈黙を裂くように、結衣ちゃんがしゃべりだす。 その言葉に僕は、座りながら身体ごと結衣ちゃんの方を向いた。 「話って何…?」 まるで少女マンガのようなセリフを吐く。 今度は、結衣ちゃんが身体ごとこちらを向けた。 「あのね、穂影くん…私ね、この間席替えした時、穂影くんの隣になれてうれしかったの。」 顔を真っ赤にして、それでもまっすぐと、大きな瞳を向けたまま僕に告げる。 「穂影が寝てるときは、穂影くんの寝顔がよく見れるし、穂影くんが教科書忘れたときは見せてあげることもできるから……」 こうして、言葉に出して言われると案外恥ずかしいな… 「だって、私、穂影くんのこと…好きだから!」 そのとき教室に吹いた風に、見えないはずの桜が見えた。 知ってはいたけど、やっぱりこうやって言われるとドキドキするな… でも、僕はこんな健気な子をフらなければならない。 運命って残酷だね。 「結衣ちゃんの気持ち…ホントにうれしい。僕もできればその気持ちに応えたい。」 「それって…」 結衣ちゃんの言葉を遮るように僕は首を振った。 一瞬、喜びに染まりかけた顔が、何かを察したように、一気に暗くなる。 「ごめんね…僕にはもう、大切な人がいるんだ…僕はその大切な人を…裏切れない。」 僕は、キャラづくりでもなんでもなく、本心でこの言葉を言った。 今、あの二人以上に大切な人はいないし、これからもきっとそうなんだと思う。 「そう…だったんだ…ごめんね!何にも知らないのに告白しちゃって!」 本当は辛いはずなのに、頑張って笑顔をつくる結衣ちゃん。 そのけなげな姿に、きゅぅと胸を締め付けられる。 「謝らないで…」 「うん。わかった…ねぇ、穂影くん。一つ聞いていい?」 結衣ちゃんの無理に作った笑顔がほんのり緩む。 「その大切な人っていうのは、先崎さん?」 その質問に思わず笑ってしまいそうになる。 僕と千春がカップル? ありえない! 「千春じゃないよ。」 「じゃぁ…だれ?」 僕の腹の中とは真逆の真剣なまなざしで聞いてくる、結衣ちゃん。 そーゆーのって気になるもんなのかなぁ。 「ごめん。教えられないや…」 まぁ、理由としては事情を説明しづらいってのもあるし、いろいろめんどくさいのもある。 「そっか……じゃぁ、最後に一つだけ」 一つ、小さく息を吸う結衣ちゃん。 「穂影くんに大切な人がいるのはわかった。だから、穂影君の事はあきらめる。ただ…」 「ただ…?」 「あきらめる代わりに…一回だけ、私とキスして…?」 その言葉に、僕は固まった。 あれ…?結衣ちゃんてこんな積極的な子だったけ…? 困惑している僕を余所に、結衣ちゃんは迫ってくる。 「だめ…かな?」 すこし涙目の上目づかいで僕をみる結衣ちゃん。 ……その顔に僕の罪悪感が締め付けられる。 まぁ、一回。 キスするだけなら… 「わかった。一回だけだよ。」 そういって、僕は結衣ちゃんの顔を抑える。 ゆっくりと目を閉じ、結衣ちゃんと触れるだけのキスをする。 そしてまたゆっくりと離れて目を開けると、結衣ちゃんの目には涙が流れていた。

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