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遠い空が呼んでいる 8
「穂影。金箔アイスたべるか?」
奏が背中でおぶられている僕に聞いた。
「食べる……。」
「顔。もう大丈夫か?」
「うん。」
僕の返事に奏はゆっくりとしゃがみこみ、僕の事を下ろした。
「ありがとな……。」
「別に……。」
奏の大きな手が僕の頭を撫でる。
その感覚に、また少し涙が出そうになった。
「あ、穂影!体、大丈夫?」
「うん!もう大丈夫。いやー、飲み過ぎはよくないなぁ!」
心配してくれる東に向かって強引に作った笑顔を向ける。
「アイス。一緒に食べよ。」
「うん!」
今は、今日だけは、東と、奏と、三人で。
楽しい旅をしよう。
僕は東の寂しそうな顔を見てそう心に決めた。
「すごーい!金箔が一枚丸こどとついてるー!」
流石金沢というような絢爛なアイスを東と二人で突く。
アイス自体は風のバニラソフトだが、盛り付けられたアイスに金箔一枚が丸ごと吹き付けてあるのだ。
少し値が張るが観光の思い出としてはインパクト大だ。
実際、先ほどから様子を見る限り、殆どのお客さんがこれを頼んでいる。
「えへへ。おいしーね。」
東の輝かしい笑顔に僕も自然と微笑みが漏れた。
それから東茶屋街を後にすると、兼六園や、美術館を訪れ、あっと言う間に時間が過ぎた。
色々な悩み事を少し忘れて遊んだ今日1日は本当に楽しかった。
でも、この時間も長くは続かない。
1日の日程はほぼ終わり、すでに僕らは新幹線のホームにいた。
「楽しかったね。穂影。」
そう言って、東が僕の手を握った。
握られた、小さな手を握り返す。
「そうだな。」
「穂影、昼間は嘘ついてなかった。ホントに楽しそうだった。」
「え……?」
「今朝の穂影、辛そうだった。」
やっぱり、隠していてもわかってしまうものなのかな……
「東……ごめん。」
「なんで謝るの?」
東の声色は優しかった。
驚きも怒りもなく、ただ優しいだけだった。
「ごめん……」
僕はその言葉しか、ひねり出すことができなかった。
押し潰されそうな思いは、ただの一言に詰め込むことしかできなかった。
僕らの無言を切り裂く様に、新幹線のアナウンスが流れる。
「ほら、帰るぞ。」
奏が僕の手を引いた。
車内に入ると、東は疲れていたのかすぐに寝てしまった。
「穂影。」
奏が僕の名前を呼ぶ。
ただ一言、名前を呼ばれるだけでピクリと体が跳ねる。
まるで初恋の中学生の様だ。
「休みが明けたら、俺から東に説明しとく。それで俺らの関係はお終い。」
奏は頬杖をついて、窓の外を見たまま言った。
「本当に……本当に別れるの。」
「あぁ。」
「なんで……。」
「昨日話たろ。」
「でも……。」
でも、それでも僕は、奏と一緒に居たかった。
でも、それは僕のワガママなんだ。
最初からおかしかったんだ。
三人で付き合うなんて。
ただそれが、普通に戻るだけ。
頭ではいろんなことの理解はできている。
それでも僕の感情は奏を求めていた。
「俺だって、お前と別れたくなんかないよ。お前を俺だけの物にしたい。でも、俺は敗者なんだ。お前は選べないと思ってるだけで、俺と東だったら、お前は東を選ぶ。……そういうことだよ。」
窓の外を見ていた目は、僕の瞳を捉えていた。
真っ直ぐと奏の瞳が僕を撃ち抜く。
「好き……愛してる。」
「ずるいよ……本当。」
「うん。わかってる。」
「僕も好き。」
「お前もずるいな。」
「知ってる。……俺ってズルい人間なんだよ。」
今まで、自分の容姿を利用して、いろんな人と付き合ってきた。
全く好きじゃない人もいたし、お金のためだけに付き合ってる人も居た。
そう。
僕はズルい人間だ。
そんな僕だけど、奏と東は本気の本気で好きになった。
それでも僕はズルい。
どっちか1人を選ぶことができなかった。
どうして、いつもこうなんだろうなぁ。
「お前、ホント、生き方不器用だよな。」
「は?奏に言われたくないんだけど。」
奏のふっかける様なセリフに僕はちょっとムッとする。
「お前ほどじゃ、ねぇよ。お前みたいに、楽しいことばっかり拾おうとして、いつも辛いことしか手元に残らなくなることなんてない。」
え?なにそれ……そんな生き方じゃないよ。
「僕だって奏みたいに、誰かが辛いのは見たくないからって、関わらない様にして自分が傷つくことなんてないよ!」
「はぁ?そんなんじゃねーよ。」
少し、時が止まる。
二人で、つりあがった目を見つめあう。
「ふふっ……あはははは!」
バカみたいに言い合って、くだらない事で怒って、なんだかそれが妙におかしくて、二人で笑いあった。
『間も無く、東京ー。東京。』
新幹線がもうすぐ東京に着く。
これで楽しい旅も終わり。
奏との関係も終わる。
「起きて、東。東京着いたよ。」
「んっ……もぉ、着いたの?」
「そうだよ。」
東が、目を擦りながら帰る準備を始める。
素早く、準備を終え、新幹線をおりる。
五月の夜に、まだ冬の寒気を残した風が吹き、肌に突き刺さった。
改札を出ると、皆、別々の帰路となるため、これで本当に最後だ。
本当に……最後。
「じゃ、これで。」
そそくさと、奏が帰ろうとすると、東がそれを呼び止めた。
「奏。また、休み明けにね。」
ただ、空しい風だけが吹いた。
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