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君と同じ空を見ていたい

ゴールデンウィークが明けた。 旅行が終わってから、奏とも、東とも会っていなかった。 正直、今日も学校に行く気が起きず休もうかと思った。 ただ、呆然と寝ているのもすぐに飽きが来て、三限が終わった頃の時間に校門へとたどり着いた。 学校まで来たはいいものの、呆然と校門の前で校舎を見上げて立ち尽くす。 どうしたもんかなぁ。 学校に行けば確実にどこかで、奏や、東に会う。 奏と会うのも気まずかったが、自分から何も言わずに関係を解消した東に会ったとき、どんな顔をすればいいのか、わからなかった。 いっその事帰ってしまおうかと踵を返した時、見知った影が目に入った。 「よぉ。」 短くてボーイッシュな髪型、ダボダボのカーディガン、少し短めのスカートから覗く短パン。 「千春……」 「なんだー、稲穂。せっかく来たのに帰るのか?」 「いや、その……」 一番見られたくない奴に見られた気がする。 普段、矢弾のように飛び交う会話も、全くと言っていいほど進まない。 しょぼくれた顔で俯く僕を見て、千春は勘付いたように口角を上げた。 「なんだぁ、もしかして恋人と別れたかぁ?だから言っただろ?すぐに別れるって。」 事実であるが故に言い返す言葉が見当たらない。 別れたくなんてなかった。 それでも、現実別れてしまった。 納得のいかない感情が、ぐるぐると自分の中を渦巻いている。 「まぁ、気にすんなってー。穂影の事だから、一週間もすればまた新しい相手見つけて、ヤりまくれるって。」 千春は豪快に笑うと、僕の肩をポンと叩いて校門へと向かって行く。 「僕、しばらくセックスはいいや。」 「はぁぁぁああ?!」 ぽつりと漏らした僕の言葉を聞いて、千春が180度回頭して、僕のところへ戻ってくる。 「どうした穂影!」 「どうしもしないよ。ただそう思っただけ。」 「はぁ?具合でも悪いんじゃねぇの?」 千春が僕の肩を掴んで思い切り揺らす。 頭がグラグラするからやめて欲しい。 「僕の事をなんだと思ってるのさ。」 「そりゃ、お前……ヤリチン。」 先ほどから思っていたが、やはり女子力の欠片もない発言に、頭の揺れと相まってげんなりしてしまう。 「まぁ、そうだけど……暫くそんな気になれないっていうか。」 「好きだったのか……そいつの事。」 千春の声が急に優しくなった。 「好きだった……ていうか、今も好き。……別れたく……なかった……。」 「お、おい、穂影。泣くなって。」 気付くと涙が溢れていた。 この間、泣いたばかりなのに、自分でも情けないと思う。 「ごめん……やっぱ、僕帰るね。」 涙を拭いて、立ち去ろうとしたものの、それを阻むように千春が僕の腕を掴んだ。 「待ちなよ。泣いてるやつ置いてけないだろ?」 優しい顔で千春が笑う。 どこのドラマのイケメンだよ、と思いながら今は、千春の優しさに甘えることにした。 千春は俺の手を引いて、体育倉庫へと連れてきた。 どうにも千春のサボり場所のようで、コーヒーカップから、スナック菓子、ゴムに至るまで様々なものが完備されていた。 てか、よくバレないな。 感心しながらマットに座る。 「まぁ、飲めよ。」 酒のように差し出されるコーヒーを有り難く受け取る。 特になんともないインスタントコーヒーではあるが、とても美味しく感じたのは何故だろうか。 「ありがとう……千春。」 「べつに、コーヒー出しただけだろ?」 「いや。なんていうか、気、使ってくれて。」 普段はガサツな癖して、こういう気が回るところがちょっと憎い。 「初めてなんじゃねぇの。」 唐突に千春が切り出した。 「何が?」 「穂影が、失恋したの。」 千春の言葉に少し固まる。 思い返せば、いつも遊びで付き合うか、一晩の相手。 初めての失恋どころか、もしかしたら初めてのちゃんとした恋愛だったのかもしれない。 関係こそ不純であったが、気持ちは純粋だった。 純粋に愛されたいと思ったことは、初めてのだったかもしれない。 「そう……かもしれない。」 「まぁ、初めては誰でも傷つくよな。まさか穂影のそんなしおらしい顔が見れるとは思わなかったけど。」 いつものように皮肉めいた言葉が皮肉に聞こえない。 それは僕が感傷的になってるせいかな。 「千春も失恋したことあるの?」 「……あるよ。」 少し、間を置いて千春が答える。 意外だった。 千春も僕と同じタイプの人間だと思っていた。 「千春も辛かった?」 「まぁ、あたしも女だからな。乙女心みたいなものももってるわけで……」 珍しく恥ずかしそうな声を出す千春に思わず笑ってしまう。 悪いと思ってはいるのだが、耐え切れずに声を出して大声を上げる。 だんだんと笑い声は千春を笑っているのか、自分を笑っているのかわからなくなり、疲れた頃に笑い声がとまる。 「少しは元気になったか?」 「まぁ……ね。ありがとう。」 千春の手が僕の頭をぽふぽふと撫でた。 あやされるように、何度も。何度も。 二人ともしゃべることもなく、ただ撫でられるだけの時間が続く。 無音を引き裂いたのは、僕の声でも、千春の声でもなかった。 体育倉庫の扉が開く音。 「えっと………穂影?」 東が青い顔をして立っていた。 どうやら、東はこういう場面にたまたま出会ってしまう星の元に生まれているらしい。 また、厄介なことになりそうだ。

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