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第3話
「帰る」
花火大会当日、集合場所の駅前広場に姿を現した小谷は新垣の他に牧之原、島田、榛原の姿を認めると彼らに背を向けて雑踏の中へ紛れて行った。今日は花火大会の影響で、駅前ではいつも以上の人出で賑わっていた。
「は?ちょっとガッキー!?」
新垣は、島田の声を背中で聞いた。考えるよりも先に身体が動いていた。
「ごめん、先行ってて!」
人の波に阻まれながら小谷の背中を追いかけ、すぐに追いついて強く肩を掴んだ。
「おい、小谷!いくらなんでもあの態度はないだろ!!」
つい大きな声を出してしまい、周囲の目が一斉にこちらを向いた。足を止め、鋭く新垣を睨みつける小谷の目には涙が浮かんでいた。ぐっと息を飲み込み、反射的に手を離すと小谷は何も言わずに早足で歩き出す。
「マッキー達も来るって言わなかったのは悪かったよ。今からでも遅くないからさ。あいつらも待ってるから行こうぜ?な」
「行かない。新垣は戻ればいいよ」
小谷の後ろにぴったりと付いて歩き説得を試みるものの、小谷は頑として折れなかった。そうしている間に小谷のアパートまで来てしまい、部屋の鍵を開けた小谷はさっさと中へ入ってしまった。扉は開かれたままだったものの、入っていいものかと新垣は悩んだ。小谷が本気で怒るところを初めて見た。
恐る恐る土間に足を踏み入れると、麦茶飲む? と小谷が抑揚のない声で訊ねる。新垣には、小柄な小谷が自分よりも大きく見えた。新垣を見下す小谷の目は冷ややかで、暑さも忘れてゾッとした。
扇風機の前、定位置に腰を下ろすと目の前の卓袱台に麦茶が2つ置かれ、氷がカラン、と涼しげな音色を奏でた。新垣の隣に、ぴったり寄り添って小谷が座る。隣で膝を抱えて座る小谷は新垣と目を合わせようとせず、少し麦茶に口を付けてはグラスの中をじっと見つめていた。小谷の機嫌が直ったわけではないが、それでもいつもと変わらず隣に座ってくれたことに新垣はホッとする。
「小谷、ごめんな。他に人が来ること言わなくて。だけど、一体何が不満なんだよ?さっきからずっと謝ってるじゃん」
小谷は深い溜息を吐くと、新垣に向き直った。
「新垣さ、俺たち一回も外でデートしたことないの、気付いてる?」
思い切り頬を打たれた気分だった。
「自分でもつまらないこと言ってるのは分かってるよ。でも、今回初めてデートに誘ってくれたと思ってひとりではしゃいでたんだ。馬鹿みたいだろ?」
泣きそうな顔をして、小谷は自嘲気味に笑う。小谷の傷の深さを知った新垣はただただ項垂れることしか出来なかった。
「俺さ、小谷が少しでもクラスに馴染めばいいと思って」
「必要ない」
取り付く島のない小谷を前に、新垣はますます縮こまるばかりだった。
「新垣、今度の部活の休みはいつ?」
少しの間があって、仏頂面のまま小谷が口を開いた。一口も飲んでいない新垣のグラスには水滴がびっしり付いて、卓袱台の上をグラスの形に丸く濡らしていた。
「え?……夏休み期間中はいつでも週末休みだけど」
「今週末の予定は?」
「特にない」
「そう。じゃあ付き合ってほしいんだけど、いいかな」
これは、小谷からのデートのお誘いなのだろうか。
「今日の夕飯は焼きそばなんだけど、新垣も食べてく?」
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