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④
翌朝、京介からSMSが来ていた。内容は自身の体調を案じるものであり、現在は体調に問題はない。
スマートフォンを操作してSMSで返信をしようとするが、やはり普段の連絡手段ではないので慣れない。文章こそは素早く入力するものの、返信をするところで詰まってしまう。どこで返信をできたのか、様々なところをタップするとようやく返すことができた。
返信の内容は、とても丁寧に「大丈夫です。おかげさまで良くなりました。ありがとうございます」というものである。
ベッドから出るが、やはり体が軽い。なので床に足を着けた後に体を伸ばす。一気に体が解れたので、身支度をしていった。とはいえ、今日もリモートワークである。程々に時間を掛けた後に、冷蔵庫を開いた。食料がない。唖然とした朝晴だが、京介と出会ってから、冷蔵庫に何かをしまうという動作をしていなかったことを思い出した。
息を一つ吐いてから冷蔵庫を閉めると、今からコンビニに行くことにした。業務開始時間までは、まだ三十分もあるのだから。
外に出れば、やはり寒い。だがすぐに家に戻るので、我慢をしながらコンビニに入る。
店に入れば通勤や通学途中の客が既に数人居た。皆時計を見ながら店内を見ており、のんびりしている朝晴がどうしてなのか浮いているような気がする。なので適当におにぎりを取るが、そこで暖かいペットボトルが目に入った。そこにはココアがあり、京介のことを思い出してしまったのだ。
また、京介と会いたい。自然とそう思ってから我に返る。違う、今はこのようなことを考えている場合ではない。
首を横に振った朝晴は、ココアではなくコーヒーを手に取ると、会計をしていった。すぐに家に戻る。
買ったおにぎりを食べながらPCに向かい、電源を点ける。そこでスマートフォンを見るが、京介からは何も来ていない。がっかりとしてしまいながら、ゲームを起動していないことを思い出した。なのですぐに起動してからログインボーナスを受け取ると、少しゲームをしようとした。咀嚼することを少し忘れていると、途中で画面の上に通知が出る。何なのだろうかと苛つきながら見れば、京介からの返信であった。急いでゲームを中断し、SMSを開く。
内容は「良かった、お大事に」とシンプルなものである。それでも、朝晴の心を撃ち抜くには充分であった。優しい、と強く思いながらSMSを閉じる。そして中断していたゲームを強制終了させると、業務開始時間まで、ぼーっとしていたのであった。
昼になり、朝晴は今朝のコンビニに行こうと椅子から立ち上がる。昼食までも冷蔵庫などに無いからだ。いい加減に、仕事が終わってからでも買い物に行かなければならない。少し面倒だと溜め息をついていると、机に置いているスマートフォンが震えた。見れば京介からSMSが来ていた。朝晴は飛びつく。
急いで確認してみれば「土曜日の午後、暇だったら遊びに行かないか?」とある。京介の言う土曜日とは、明後日のことだ。分かってはいるが、部屋にあるカレンダーを見てしまう。
明後日に京介とどこかに遊びに行く、それだけで朝晴は一人で笑ってしまう。しかしこれは気持ちの悪いことなのではないのかと、顔を強張らせる。
そして京介と趣味が合うのかと思い出してみるか、全く分からない。京介の部屋に二度訪れたが、趣味は何なのだろうか予測ができない。だが本棚があり、数冊の本があったのは分かる。なので無難に、本を読むことが趣味なのではないのかと考える。いかに顔が整っている者に似合う趣味だと思えた。
しかし朝晴自体は、本をあまり読まない。仕事の本を少しと、後は漫画だ。それだけでは、京介とまともな会話ができないだろう。
頭をがくりと下げた朝晴だが、京介からの誘いを断る訳にはいかない。誘われただけでも、その時点でも嬉しいからだ。
なので直感的な感情を優先にすると、京介のSMSに即答した。そしてスマートフォンのスケジュール管理アプリに、京介との予定を素早く入れる。日付を見るだけで、朝晴の心は浮ついてしまっていた。
すると京介から返信があり「ありがとう。それと、夜に電話をしてもいいか?」とあった。朝晴は返信の文章を何度も読んでしまう。電話、朝晴は喜んで承諾していった。
かなり積極的な京介に感心したが、そこでふと思ってしまう。自身が知美に振られたのは、積極性がいまいち無いからなのだと。確かに、朝晴は知美に誘われることがほとんどであった。これは、知美に好かれているからだと慢心しているせいだったかもしれない。
後悔が過るが、今は前を見なければならない。なので知美との思い出を振り払いたいが、男の性故に忘れることはできない。振られたのであれば、尚更である。
暗い面持ちで、コンビニに行ったのであった。
夜になり、スーパーで素早く買い物を済ませた朝晴は空であった冷蔵庫にどんどん物を入れていく。そして夕飯と風呂を済ませてから、ベッドの上に正座をして目の前にスマートフォンを置く。京介からの着信を、待っているのだ。
室内は静寂に包まれ、自身の鼓動のみがよく聞こえる。何分待っているのかもう分からないが、そろそろ足が痺れてきた。京介からいつ頃着信が来るのかも分からないというのに、自分はどうしてこのように正座して待機をしているのだろうか。今更である疑問が起きながら、スマートフォンが着信を知らせるのを待つ。
足の痺れに限界が来た、そのところでようやく着信が来る。相手は勿論、京介である。
「もしもし!」
『もしもし……ってどうした朝晴君。もしかして、忙しい時に電話をしたかな?』
「いえ、そんなことはないで……ないよ!」
正座していた足を崩すと、ようやく解放をされた気がした。両足にかかってくる気持ち悪い痺れを少しずつ逃がしていきながら、京介との会話を必死に繋げていく。
『そ、そうなのか……それで、俺が電話したのは、週末のことだ。午後と言ったが、時間帯は一時でいいか? 待ち合わせ場所は……そうだ、あのカフェにしよう』
「いいね! そうしよう!」
足の痺れがまだ残っているので、自然と声が張ってしまう。なので京介に『元気だな』と言われてしまい、顔を赤くしてしまう。
『用件はこれくらいだが……これだけのことで電話をしてすまない。どうにも俺は、友人ができたからと浮かれてしまっているようだ』
「僕は大丈夫!」
『そうなのか、ではまた土曜日に』
「うん!」
通話を終えると、すぐに自身の発言を振り返る。あまり建設的な返事をしておらず、かなり適当な返事に聞こえたのかもしれない。それに返事はかなりぎこちない。敬語は止めて欲しいと言われたものの、すぐに慣れることはできない。スマートフォンをベッドの上に投げた後に、頭を抱えた。
「もう少し……僕は……!」
横になりじたばたと暴れる。するとスマートフォンが床に落ちた音で、朝晴の動きが止まる。そしてスマートフォンを拾った後に、ふと考えた。
京介は自身へは友人として見ているのだろう。対して朝晴は、ほぼ恋愛対象として見ているのだが。
「友達……友達……」
言葉を繰り返していくうちに、ようやく落ち着いてきた。言い聞かせることができたのだろうか。息を大きく吐いてからベッドの縁に座ると、スマートフォンで通話履歴を見る。勿論、先程の京介との通話だ。
数分と短いものであったが、その時どう思っていたのか振り返る。好きになってしまったかもしれない者と、通話をするだけでも幸せであった。
朝晴はその事実を認めながら、しばらくは京介との通話履歴をじっと見ていたのであった。
※
土曜日になった。今日はよく晴れており、絶好の外出日和だ。
しかし朝晴は昨夜、あまりの興奮などがありなかなか眠れなかったのだ。なので起床したのは正午と、支度する時間に余裕がない。なので焦りなが支度をしていく。
まずは服だが、この日の為に服を新調するのはどうかと思っていた。なのでいつもの服装で行けばいいものの、この時期のいつもの服装はセーターだ。色は何色かあるものの、暗い色は避けるべきか、では明るい色ならば自身には見えない汚れがあった場合はどうするのかと考えてしまう。迷ってしまう。
だが時間は寛容に流れを遅くはしてくれない。刻一刻と時間が迫っていくなかで、朝晴はセーターの色を決めた。無難に黒色だ。下はジーンズで靴はスニーカー。これでいいだろうと、髪を整える。するともうじき家を出なければならない時間になっていた。朝晴はもう少し早く起きていれば、と後悔を背負いながら家を出る。
待ち合わせ場所であるカフェに到着した。そこは知美と別れたカフェであるが、同時に京介と行くようになったカフェである。カフェを見て複雑な思いをしながら、スマートフォンで現在時刻を確認する。約束の時間まであと十分だ。朝晴はカフェに入ることにした。その時の朝晴は、緊張した面持ちである。
すると店内に見覚えのある顔が見えた。そうだ、あれは京介だ。そう思いながら席に近付くと、やはりそうである。
「朝晴君!」
朝晴が会釈をしながら席に座ると、後ろを着いて来ていたらしい店員がお冷やを置く。そして去って行ったことを確認した後に、京介を改めて見た。
「早いね」
「京介さんこそ」
すると京介が着ている服を二度見してしまう。朝晴と同様にセーターなのだが、クリスマスツリーとプレゼントを持っているサンタクロースが模様としてあった。それも、でかでかとだ。これはいわゆる、ダサセーターなのだろう。
人様の服装にとやかく言う資格は無いのは分かっているのだが、どうしても喉から出そうになっていた。それは、サンタクロースの目が死んでいるようにしか見えない。
このサンタクロースは、どのような気持ちでプレゼントを持っているのだろうか。そう考えてしまったが、そのようなことをしている場合ではない。今日は、京介と友人として遊ぶ日なのだ。
「見てくれ朝晴君。これは、俺の一張羅なのだが、似合うか?」
京介が笑顔を見せてくれるが、やはり顔が整っている。そして着ているセーターはダサいものの、顔が良いからなのかダサさは薄れている。最も、全体を見た場合になるのだが。
似合っているのかと聞かれ、どう答えたらいいのか。朝晴は何も分からない。視覚情報が、あまりにも複雑過ぎるからだ。なのでとても無難な感想を述べる。
「に、似合ってていいと思うよ」
「本当か!? ありがとう! 今日を楽しみにしていたんだ!」
京介の体が前のめりに動いた後に、セーターの中に居るサンタが動く。当然、目が死んでいるサンタがこちらに近付いてくる。昨日はこの光景を、想像できただろうか。
だが純粋に自身と遊ぶ約束を楽しみにしていてくれたことはとても嬉しい。なのでセーターのことはあまり見ないようにした。
「僕も、楽しみにしてた」
これは本当である。楽しみのあまりに眠れなかったのだが、これは言う必要は無いだろう。なので言葉をそれまでに止めておくと、京介がメニューを取り出した。
「何にする?」
「んー……じゃあ、ココアで」
ここで飲むものは、ココアで固定されてしまったのかと思うくらいに、ココアを飲んでいる気がする。いや、気のせいだ。
朝晴はそう思いながら注文するものを決める。
「じゃあ、俺もココアにしようかな」
そう言ってから、京介が手が空いている店員を呼んだ。そして注文を終えた後に、京介が自慢気な顔をしながらセーターを指で上へと摘まむ。目が死んでいるサンタの顔が、心なしか笑っているような気がした。
「これ、少し前に古着屋で買ったんだ。このサンタと目が合って、一目惚れしたんだ」
サンタと目が合う、それは確かにそうだ。誰もそのサンタと目が合わない訳がないだろう。そもそも赤色のセーターなのだから、かなり目立つ。目を惹く。
だがそのセーターについてネガティブな意見を言う訳にはいかないと、朝晴が口を開く。
「来月はクリスマスだし、いいんじゃないんかな」
そう言えば、京介が笑ってくれる。
あぁ、顔が整っている人間は何しても様になる。そう思っていると、注文したココアが来た。
ココアは嫌いではないので、湯気が立っているところを見て美味しそうだと思いながら見る。
「……京介さんは、ココアが好きなの?」
そこでふと浮かんだ疑問を問いかけてみるが、その瞬間に京介の表情が変わった気がした。いや、一瞬であるので分からない。見間違いだろうと、朝晴は京介を見る。
「俺は、嫌いではないが、好きな部類に入るのかもしれない……?」
「何で疑問系なの?」
朝晴はつい、そうツッコミを入れてしまった。だが京介は首を傾げるので、本人にとっては普通程度なのだろう。
これ以上は話が広がらないと思った朝晴は、カップを手に取る。そこで京介の顔を再び見てしまうが、口を閉ざせば大人の男という雰囲気があった。落ち着いていて、何をしていても様になる。朝晴はそのような京介を見てどきりと心臓を動かす。
だが直後にセーターのサンタと目が合い、その感覚は失われていく。何とも、締まらないと思った。
「どうした?」
「い、いや、その……京介さ、京介は……」
ココアを口に含むがまだ熱い。また同じことを繰り返してしまったと、カップを置いてからお冷やを取る。冷水を一気に飲んだ。
「大丈夫か? まだ熱いのに……」
「だ、大丈夫……」
京介が心配そうにしてくれた後に、やはりセーターのサンタと目が合ってしまう。またかと睨みたくなったが、それを我慢した後に言い訳を考える。
先程から、朝晴は京介の容姿を見て内心で褒めているばかりだ。他にも良いところはあるというのに、京介の顔が好き過ぎるだろう。溜め息をつくと、再び言い訳を考えた。しかし何も出ないでいるうえに、京介がこちらを凝視してくる。途端に焦りが来た。
「い、いや……京介さん、顔が整って……いや、これは……!」
つい本音が出たが、もう撤回することはできない。血の気が引いていきながら京介を見れば、にこりと笑ってくれていた。朝晴の心臓が疼くが、やはりこれは恋なのかもしれない。
「ありがとう。同じ男にそう言われたのは初めてだが、世辞が一切感じられない。だから余計に嬉しい。ありがとう」
京介は穏やかにそう言ってくれる。朝晴は安堵をしたと共に、もう一度お冷やを飲もうとした。だが飲み干してしまっった為に、もう無い。
そこで京介が「俺の飲むか?」と言ってくれるが、朝晴は断った。そしてココアが入っているカップを再び持つが、息を吹きかけて冷まそうとする。
「そうだ、朝晴君の趣味は何かな? 俺、聞いてみたかったんだ」
「僕? 僕は……」
考えるが思いつくのはスマートフォンでゲームをすることと、アニメを観ることくらいだろう。どう考えても京介と話が合う訳が無い。だが京介に質問されたからには答えなければならないと、朝晴は正直に述べた。
「スマホでゲームをしたり、アニメを観ること、かな……」
どうしてこんなにも、趣味が陰キャなのだろうか。朝晴は今までの自身を責めるがもう遅い。
対して京介の表情が変わる。驚愕したと共に、やはりこの趣味がいけなかったのではと考えた。しかし特に怒っている様子はなく、朝晴の中で疑問ばかりが浮かぶ。
「ゲームか……つまりは、朝晴君は、スマホについて詳しいのか?」
「え? まぁ、そうなるね……」
すると京介がスマートフォンを取り出すと共に言った。
「その……スマホについて、教えて貰いたいことがある」
「何?」
京介がスマートフォンを何度か操作した後に、画面を見せてきた。それは朝晴が普段使っているメッセージアプリのインストール画面である。そういえば京介は、これを使っていなかったと思いながら見た。
「この使い方を、教えてくれないか? 朝晴君に、俺も合わせたいと思って」
何と誠実な質問なのだろうか。朝晴は感心したと共に、それにきちんと応じようと思った。なので「画面を見せてもらっても大丈夫?」と聞くと、京介は勿論と頷く。なのでスマートフォンを差し出された後に、自然と京介との顔が近付いた。
これはまずい。この状況では、心音がうるさくなってしまう。いや、現にうるさくなっている。
朝晴は動揺を必死に封じ込めながら、インストールして欲しいと指示を出す。頷いた京介はインストールしていく。インストールはものの十数秒で終わるものの、その間が長かった。朝晴にとっては、それが一分以上の時間に感じたのだ。
高鳴る心音は聞こえているのだろうか。不安になりながらインストールを待つと、ようやく終わる。安堵をしながらアプリを開いて欲しいと指示を出す。
「ここまでは、分かるよね?」
「あぁ、そうだな」
念のために確認をすると、肯定の言葉が返ってきた。
アプリが開かれると、次は様々な設定だ。アカウントの名前やIDを考えるのだが、名前は本名でもいいだろう。だがIDは自分で考えて欲しいと言う。対して京介からは「勿論だ」と。
次にパスワードなどの設定だが、これも自分で考えなければならない。なのでそう告げてから、画面を見ないようにした。しばらくすると、京介のアカウントの設定が終わる。
「ありがとう。これで、少しは朝晴君に合わせることができたようだ。連絡先を交換するとき、朝晴君は、俺に合わせてくれただろう?」
何と優しい人間なのだろうかと、朝晴は思った。やはり外見も中身も良い人間の京介が、眩しいように見える。だが京介にとって自身は、友人なのだろう。なのでそこまで神格化することなどよくないと戒めると、咳払いをしてから言葉を返す。
「いえ、どういたしまして。僕に合わせるだなんて、そんな……僕たちは友達同士なんだから、そんな遠慮はいらないよ」
自らが放つ「友達同士」で、心に傷がついたような気がした。傷自体は目立たないものの、それは深く突き刺されたかのように深い。本当の傷ならば、血が止まらないのだろう。
だが落ち着かなければならないと、朝晴は京介のセーターのサンタを見た。相変わらず目が死んでおり、どうしてこのようなセーターをデザインしたのかという疑問さえ浮かぶ。
「そうだ、これは、友だちを追加しなければ、やりとりはできないのか?」
「そうだね。じゃあ早速、僕のアカウントと友だちになろうか」
スマートフォンを取り出した朝晴は、メッセージアプリを起動してからQRコードを表示させた。そしてそれを京介に見せてから「これを読み取って」と言うと、その画面に到達するまでの操作方法を指示する。
京介がカメラをこちらに向けると、友だち追加ができたらしい。スマートフォンを下ろしてから「ありがとう」と礼を述べてくれた。
すると早速に、京介からメッセージが来た。内容は「こんにちは」だけであるが、朝晴も同様の文章を送る。そこで気付いたが、画像の送り方は分かるのだろうか。そう考えた朝晴は「写真も送ってみよう」と言った。京介は頷く。
目の前のココアを写したかと思うと、京介がメッセージ画面を見せた。後はどうしたらいいのか分からないらしい。
「これはね……」
再び顔が近くなるが、心なしか良い匂いがする気がした。これは先日でも感じていたことであるが、やはりこの香りは朝晴にとっては好きな香りなのだろうか。洗剤と何か甘い匂いなのだが、朝晴の好みなのだろうか。
「よし、基本的なことはマスターできた」
京介が無邪気に喜ぶが、その様子を見ている朝晴までも嬉しいと思えた。京介の年齢は聞いていないので分からないのだが、朝晴よりかは一回り年上なのだろうということは分かる。その年代であれば、スマートフォンの使い方が分からなくとも仕方がないと思えた。
そこで京介がハッとしてから、口を開く。
「そういえば俺の趣味を言っていなかった。俺の趣味は、読書と映画鑑賞で……つまらないかな……」
「いや、そんなことはないよ。どんな本とか映画が好きなの?」
京介の目が輝いた。しかしそれは刹那的なもので、すぐに輝きを失った後に口を開く。
「いや、長くなりそうだからいい」
「そんなことはないのに……そうだ、夕方まで時間が空いてる?」
「あぁ、空いてるぞ。朝晴君の為に空けておいたからな」
自信ありげに言ってくれてありがたいのだが、どこか照れてしまう。なので頭を弱く掻くと、朝晴は一つ提案をした。
「じゃあ、この近くのショッピングセンターをぶらぶらしない? いろん、本屋もあることだし」
「いいな。そうするか」
二人は同時に財布を出してから、ココアの代金を出す。しかし朝晴は小銭を持っておらず、まずは京介から小銭を受け取ってから千円札を渡した。そして小銭を幾つか渡すと、伝票を朝晴が持って行く。そして会計を済ますと、二人はカフェを出た。
次の行き先は大型ショッピングセンターであるが、ここから徒歩でもそこまで時間が掛からない。それに京介も場所を知っているようなので、二人はすぐにその方向を見る。
だが朝晴は普段はそこには行かない。人が多いのは勿論だが、敷地面積が広すぎるからだ。この年でも迷子になる可能性があり、あまり行きたくはない。今回のように、誰かと一緒に行くのであれば、話は別なのであるが。
歩いて十数分、大型ショッピングセンターに到着した。周辺では車がかなり渋滞しており、朝晴はその景色に少しうんざりとする。建物はかなり大きく、さすが日本の物流大手だと思えた。
入ってすぐに、クリスマス商品の展示などが行われていた。クリスマスまではあと一ヶ月に迫る中で、クリスマス商戦が熱くなっているのが分かる。主に家族連れが、商品を買ったりしていた。
それを横目に見る朝晴の一方で、京介は唖然としている。
「どうしたの?」
「いや、ここには、ほとんど来たことがなくてな……」
「僕もだよ」
小さく笑いながら言うと、建物の案内図が見えたのでそれを見る。階層は全部で四階まであり、その上は立体駐車場になっていた。なのでそれを把握した後に、まずはどこに行くか考える。すると京介が好きであろう本屋に行こうと提案をした。京介はすぐに頷いてくれる。
本屋の場所を探した。しかしどうやら二階にあるらしく、二階に上がる為のエスカレーターを探す。すぐに見つけるが、現在地から近い。しかし二階に到着した時点では、本屋はかなり遠いようだ。それでも、二人は本屋に向かって行く。
一番近いエスカレーターを見つけるとすぐに乗り、二階へと上がる。そして本屋への道のりだが、またしても二人は案内図を見ることになる。
これでいいのだろうかと思いながら京介の顔を見れば、そこまで不快そうな顔はしていない。いや、基本的には京介は優しい人間だ。我慢をしていたらどうしようなどと思いながら、本屋へのルートを見る。だが分からない。あまりにも店が多すぎるからだ。
「……適当に、歩いてみようか」
京介がそう言うので、朝晴は頷いた後に案内図から目を離した。そして大通りを歩いていく。
相変わらず人が多く、特に家族連れやカップルをよく見かける。それにここは人気の店が集まっているのか、小さな人の波が形成されていた。朝晴は人の多さに、内心でうんざりとしてしまう。ここに来ようと提案したのは、自身なのだが。
しばらく歩いていくと、案内図が見えた。なのでそれで現在地を確認を確認した後に、本屋の位置を確認した。それがどういうことか、逆方向に行っていたらしい。
朝晴は溜め息をつき、そして京介はクスクスと笑っていた。この状況に、機嫌を損ねている訳ではなさそうだ。
「京介さん、ごめん」
「いや、いいんだ。時間はたくさんあるし、ゆっくり行こう」
京介が肩をポンポンと軽く叩いてくれると、安心が湧いてきた。
共に来た道を戻って行こうとしたが、そこで人の波が強まったような気がする。なので朝晴がバランスを崩した、その瞬間に京介が手を伸ばしてくれた。手を繋いでくれる。
「このままでは、はぐれてしまうぞ」
そう言って強く握ってくれたが、同時に朝晴は興奮をしてくる。次第に鼻息が荒くなるが、この状況では分からないだろう。しかしもう一点、これは重要な問題がある。
手汗が滲み出たらと思うと、朝晴は気が気でないのだ。手を繋いでいる以上は、それを避けられる筈はない。ましてや、京介から握ってきているのだから。
「向こうか……?」
京介が手を引いてくれる中を、朝晴はひたすらに着いて行く。来た道を戻っていくと、次はそこを越えて行った。これで本屋に近付けているのだろう。
二人でキョロキョロしながら歩いていくと、ようやく本屋に辿り着いた。なので朝晴は安心をするが、京介がなかなか手を離してくれない。なので「手、もういいかな……?」と顔色を窺うように訊ねると、ハッとした京介が手を離す。だが楽しそうに含み笑いをしており、朝晴は心を射抜かれてしまっていた。
「すまない、忘れていた」
「いや、大丈夫だよ」
手が離れてから確認をしたが、手汗は出ていないようだ。微かに息をつくと、京介と共に本屋に入って行った。ここは市内に幾つもあるチェーン店なので、雰囲気はかなり馴染みがある。
出入り口は一箇所しか無いが、そこにはメディア化している書籍が棚に幾何学的にずらりと並んでいる。アニメはチェックをしている朝晴は、表紙を見るだけで何となくは分かる。だが映画やドラマなどは分からず、内心で首を傾げていた。
「朝晴君は、どういう本が好きなのかな?」
そう聞かれてから京介の方を見れば、緩やかに笑っている。思わず、見とれてしまいそうになりながらも、必死に答えをたぐり寄せていく。
まずは自身はアニメくらいしか感心がなく、それ以外は分からない。そしてこのメディア化している書籍が並んでいる棚の中には、朝晴が現在遊んでいるスマートフォンのゲームが原作の漫画もある。それが今アニメ化をしているが、当然のように朝晴は毎週観ている。
それについて言及すべきなのかと、その本の表紙を凝視した。すると京介がその本を指差す。
「この本が、好きなのかな?」
「えっ!? いや、あの……はい……」
今から否定するには、遅すぎた。なので観念したように頷くと、京介がその本を手に取って見る。表紙には二次元の可愛い顔をして、尚且つスタイルのいい女性キャラクターが描かれていた。京介はそれを興味津々に見るが、朝晴はいたたまれない気持ちになる。
どうして、二次元オタク以外の趣味が無いのだろうか。後悔をしながら、本の表紙から目を逸らす。
「なるほどなぁ、いいと思うぞ俺は。これも、立派な文化だからな。だから朝晴君、そこまで隠す必要はない」
どうやら京介は前向きに捉えてくれているようだ。そして朝晴は、京介が誠実な人間だということを理解し始めた。これが、思ったことなのだろうと。
なので朝晴は胸を張ってから、京介に質問をする。
「京介さんは、どんな本が好きなの?」
「ん? 俺か? 俺は……」
そういえば京介は何が好きなのか全く分からない。初対面でいきなり家に行くことになったのだが、好きなものの欠片すら観測できなかった。二回目来たときもだ。人の部屋をあまりじろじろと見られなかったのもあるのだが。
だが口頭で本と映画が好きなことなのは分かる。朝晴とて、普通の人間だ。興味のある人間の好きなものなど、誰しも気にはなるだろう。
少し考えた京介が歩き出すので、朝晴はそれに着いて行った。向かう先は新書や社会学の類いが入っている本棚だ。
「この辺り、だな」
見れば、朝晴にとってはあまり縁がないコーナーである。しかし、京介の好みが何となく絞れたことは幸いだ。このまま、深く掘っていくことにする。
「このへんかぁ。ここの中で今読んでる本とか、好きな本はある?」
「ん? そうだな……」
京介は再び考える仕草を見せると、棚を大まかに見ていった。じっと観察してみれば、出版社毎に確認をしているのだろうか。
「これだな」
本を一冊抜いて見せてくれたのは、地震により人々にどのような影響をもたらしたのか、或いはこの先どのような影響をもたらすのか、というものだ。朝晴は本の題名や巻かれている帯を見て察するが、今の自身にはあまり関係がないと思えた。京介には、失礼な話になるのだが。
なので「そうなんだ」と頷いた後に京介が元に戻すが、そこで何かを見つけたらしい。体がぴたりと止まる。
「どうしたの?」
「これ……あとこれと……買ってくる」
「うん、分かった」
どうやら良い本を見つけたらしく、京介は高揚しながら本を数冊手に持つ。それらをすぐにレジに持って行き会計を済ませると、満足気な顔でこちらに来る。なので朝晴はそれにつられて朗らかな表情で迎えた。
「今日は何ていい日だ」
ポケットからエコバックを取り出すと、買った本数冊を入れていた。その際に買った本が見えたのだが、どれも地震に関するものである。
京介の職業は、もしかして学者なのかとぼんやりと考えた。だが職業までは聞いていいのか。分からない朝晴は、聞かない方が波風を立てることはないだろう。例え、京介の人間性が良くとも。
上機嫌そうにエコバックを提げている姿を見た後に、京介が「どこに行こうか」と聞いてくる。
人々が立てる音や話し声、それらもある中で朝晴の腹の中で虫が鳴った。そういえば正午に起きてからすぐ支度をして、そして京介と待ち合わせをしていたので食べる暇が無かった。たった一杯のココアなど、腹を満たせる訳がない。現在は午後の三時で、そろそろ限界だ。
なので朝晴は空腹に耐えられなくなっていた。それを正直に京介に申すと、快く頷いてくれる。
「休憩がてら、どこかの飲食店に入ろう」
「ありがとう」
礼をした後に二人で案内図を見る。どうやら飲食店が集まっているフロアは一階らしい。なので来た道を戻った後に、エスカレーターで一階に下りる。
目的地へはすぐに到着をした。下りてすぐの地点で見回せば、飲食店のフロアへの案内板があったからだ。二人はそれに従って歩いて行ったのだ。
到着をすれば、この時間でも人がかなり居た。その中で朝晴は何を食べたいのか考える。だが今は京介も居るので、カフェとしても楽しめる店でなければならない。なので候補を絞っていくと、レストランになる。
「レストランでいい?」
「ああ、いいぞ」
京介の承諾を得てから、適当なレストランに入った。ある程度は空いているらしく、通された席は真ん中の席であった。本当は壁際が良かったのだが、仕方が無いと朝晴は肩をすくめる。
座ってから二冊あるうちの一冊のメニューを取り出して見ると、ちょうど先頭にナポリタンの写真があった。朝晴はこれがいいと頭の中で決めるが、京介はもう決まったのだろうか。迷っているふりをしていると、京介が訊ねてきた。
「もう決まったか?」
「うん。僕はナポリタンにするよ。京介さんは?」
メニューを元の場所に戻すと、その直後に京介も戻した。
「俺は、コーヒーにする」
「分かった」
手が空いている店員が通りかかると、注文をしていった。そして待つ間に、朝晴はどうしても京介のことが気になっていた。しかし矢継ぎ早に質問をする訳にはいかないと、一つに絞ることにした。
これを質問するのはどうかと思えたが、やはり朝晴は気になるのだ。なのでいつの間にか重くなっていた口を開く。
「あの……京介さんって何歳なの? いや、答えたくないなら答えなくて……」
「ん? 四十だが?」
四十歳。朝晴は二十八歳なのだが、ちょうど干支一周分の年齢差だ。いやそれよりも、京介は四十歳だということに驚いた。顔は整っているが、どう見ても年齢不詳なのだ。なので何歳とでも言えないその顔に、疑問を持っていた。
納得をしたと共に、次は自身が答えなければと朝晴は慌てる。
「ぼ、僕は二十八歳だけど、京介さんは四十歳なんだね」
年齢を復唱していると、京介のセーターのサンタがこちらを見てくる。目は死んでいるのだが、何かを訴えかけたいように思えてきた。いや、気のせいだと思いたい。
目を逸らすと、京介が「どうかしたのか?」と聞いてきた。
「いや、京介さん、まだお若いんだなって……!」
慌てながらそう答えるが、京介はこちらを訝しむようにみてくる。だが朝晴は無理矢理に頷く。
「俺は朝晴君から見たらおじさんだが……」
「いえ、そんなことはないよ。京介さんは顔が整ってるし、優しいし、素敵だよ」
「えっ?」
「えっ?」
疑問が浮かんだ後に、朝晴は自身の発言の異常さに気付いた。だがもう遅い。京介はそれを聞いた後に、反応をしたのだから。
「えっ、あの、その……違うんです」
つい敬語になってしまい、タメ口になどなれない。そして京介は驚いているが、セーターのサンタは相変わらず目が死んでいた。それを見て落ち着かせようにも、鼓動が早まる一方で落ち着く訳がない。
するとそこで朝晴にとっては二重の意味でナイスタイミングで、注文していたナポリタンがきた。そして京介が頼んでいたコーヒーも共に提供される。目の前に運ばれてくるも、京介はこちらを不思議そうに見ていた。
そして店員が去った後に、京介が言う。
「朝晴君……大丈夫か?」
京介は疑うような目で見ている。なので朝晴は何か言おうとして、考えた。
目の前には、できたてのナポリタンがある。これを食べていれば、気まずさが軽減されると思った。なのでフォークとスプーンを持ち、ナポリタンを食べ始めた。味はいい。空腹もあるので更に美味い。そう思いながら食べていくと、京介がコーヒーを啜りながら「疲れていたのか」と自らに言い聞かせていた。
半分まで食べていくと、ようやく普通の言葉が発せられるようになる。
「これ、おいしい」
「そうなのか、よかった」
微笑みながら京介がそう返してくれると、朝晴はナポリタンを吹き出しかけた。しかし口をどうにか塞いでいると、京介がナプキンを渡してくれる。朝晴は会釈しながら受け取るも、今は使う用がない。だが渡してきた京介に申し訳ないと、口を拭くふりをした。
咀嚼を何度もしてから、口の中のナポリタンを飲み込む。なので口を開いた。
「あっ、僕ばかり、食べてて、なんかごめん……」
「いや、いいんだ。朝晴君が食べている様子を見ていると、不思議と楽しくてね」
顔がかなり熱くなっていくような気がした。それは焼けるように高い熱を持ってきている。それを誤魔化すようにナポリタンを口に含んでは、ごくりと飲み込んでいった。
ようやく完食をすると、朝晴は京介の前で食事ができないと思った。やはり、自身の琴線に良い意味で触れてしまうからなのか。
しかし何も分からない京介が「疲れているようだから今日はこれで解散をしよう」と言った。京介にとっては不可解な状態になっているからなのだろう。駅まで共に歩くと、そこで別れたのであった。
自宅に帰る途中で朝晴は、次は京介にどういう顔をすればいいのか分からなくなる。やはり好きだと、そう自覚していった。進んでいく気持ちなど、止まってくれる訳がない。
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