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エピソード7
「ねぇ樹、知ってる? ななちゃんの額に傷があるの?」
「え」
隣で煩くしゃべっていた男が前後の脈力もなく言った言葉に、俺は驚きを隠せなかった。
(なんで、お前がそんなこと知ってるんだ……っ)
体育の授業の時間。木陰で二人が話をしているのも苦く思っていた。明がいきなり『ななちゃん』と呼んだのにもむっとした。
そして、前髪に伸びそうになって手をあわやと言うところで掴んで止めたのだ。
あの時も怒りを隠しきれず明を思い切り睨みつけたが、そんな俺に彼奴は全く動じず、それ以降七星に会う度に声を掛けるようになった。
『ななちゃーん』
『ななちゃーん』
煩いくらいに声を掛け、手を振って、たまに近くで話したりする。
俺は気にしない振りをしようとした。
俺と七星は何も関係ないんだと。
しかし、本能は理性を裏切り、もう最初から怒りを隠し切れていなかった。
彼奴を睨みつけ、七星から遠ざけようとする行動を取った。
(気軽に『なな』って呼ぶな)
(俺だって呼べないのに)
(『なな』って呼んでいいのは俺だけだ)
自分では話しかけることすら出来ないのに、心の中は独占欲で一杯だった。
(俺の『ナナ』に近づくな)
(くそっ。いつか殴ってやるっ)
明が七星に近づく度に、自分の気持ちが昔と変わっていないことをひしひしと感じてしまう。
(俺は……ナナに近づいちゃ駄目なんだ……)
色々溜めて来たところに突然の告白。
更に。
「ボク今日見ちゃったんだ。それでね、すごーく気にしているようだったから、『気にしなくていいんだよ~』ってその傷にちゅーしちゃった」
にやにや笑いながら明は言った。
(はっ? 今なんて? ちゅーしちゃっただって? なんだ、それ。傷を見ただけでも許せないのに。その傷の原因はお前らにあるのに)
(俺だってしたことないのにっ)
俺の中で、ブチッと音を立てて何かが切れた。
俺は目の前の男の腹に鉄拳を見舞った。
へらへらした顔が痛みに歪む。
(ざまーみろ)
「いつ……っ。おい、樹っ」
普段出さないドスの効いた声が俺の背を追いかけて来たが、俺は振り向きもせずに彼奴から離れて行った。
(ほんとはこんなもんじゃおさまらねぇ。これだけですんだのを、ありがたく思いなっ)
足早に歩き、駅に着く頃にはだいぶ頭が冷えた。
(俺には……あんなことする資格ないだろ……ナナに冷たくしている俺には……カナを怒る資格なんて、本当はないんだ。あれは……ただの嫉妬だ)
俺は小さく溜息を吐いた。
(だからって謝ったりしないけどなっ)
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