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エピソード17−③
昨年夏。
走りの途中で立ち寄った海沿いのカフェの店員を、どうやら龍惺が気になっているようだと俺は感じた。目で追っているのだ。
龍惺は『遊ばない』人間だった。見た目よりずっと真面目で奥手。この年齢だから彼女がいたことも勿論ある。
でもどうせ目で追うくらいしかしないんだろうと思い、俺が声をかけてやった。
『大学生?』
『バイト何時に終わるの? 送ってあげようか(龍惺さんが)』
『今度デートしない? (龍惺さんと)』
などなど。
今にして思えばかなり軽すぎた。こんな誘いに乗るような女だったら正直龍惺には似合わない。
龍惺がだんだん渋顔になるのでそのカフェには三回ほど通ってもうやめた。
俺たちの中ではその出来事はそこで終了だった。
しかしあとから入ってきた情報で、龍惺会の数人が彼女につきまとっているのがわかった。恐らく龍惺に取り入ろうとでも思ったのだろう。突き止めてお灸を据えてやろうかと思った矢先、その女が樹の彼女らしいという噂が流れた。
真偽のほどは確かではなかったが、樹が絡んでるのだったら俺の出る幕ではないと思った。樹のことを知っている連中なら、彼の喧嘩の強さや無鉄砲さは知っているはずだと。
(昼間の感じだと、あれは『フリ』だけの可能性が高いかな。噂が流れたタイミングも良すぎたし。まあ、俺の感だけど)
それにしても。
わざと煽るようなことを言いやがって、と苦笑い。
「俺はストーカーなんかしない」
「わかってますよー、樹だって本当はそんなこと思ってないっすよ」
「そうか?」
「そうそう」
樹は龍惺を嫌っているわけではない。着拒やブロックするほどには。ただ、過去を清算するにはこうするしかないと思い込んでいる。
(あの子のためかな……)
樹と一緒にいた男子を思い浮かべる。
「まぁ、そのうち俺が会わせてあげますよ」
俺たちがコンビニで出会ったことが、この後に起きる一騒動――それはかなり大騒動なのだが――発端になるとは、この時の俺は夢にも思わなかった。
それはさておき。
『龍惺会』は近々解散することになるだろう。
龍惺会は大きくなり過ぎた上に最初の趣旨と違ってきてしまっている。更には勝手に龍惺会を名乗って悪質なことをする連中もいる。それをいちいち突き止めて潰して回るのも骨が折れる。
『龍惺会を解散させる』
これは龍惺の苦渋の決断だ。
走るだけなら一人でもできるのだ。それに俺もいる。バイクと喧嘩以外は不器用なこの男は俺が一生面倒見るつもりでいる。
そのために。
そう。樹が本気でそう思っていて言ったのか、それとも俺を挑発しようと思って言ったのか定かではないが。
(俺はちゃんと高校卒業してるっつーの! 卒業式にはでなかったけど!)
俺は今龍惺と同じ資格を取る為に専門学校に通っている。そして、将来は龍惺が社長を務める『ヤハギモータース』に就職するのだ!
俺にはもう一つ野望がある。
(それは龍惺さんに名前を呼んで貰うこと!――なんで、彼奴は『樹』で俺は『タキ』なんだよ)
俺のフルネームは滝沢紘弥 。未知との遭遇をした時に名前を聞かれ、小学生の俺はよく知らない人に名前を言うのはまずかろうと思い『タキ』と答えたのだ。だから龍惺が『タキ』と呼ぶのも仕方ないといえば仕方ない。
しばらくしてちゃんと名を名乗ったんだ。別に気にはしていなかったんだが、彼奴のことはいきなり名前で呼んでからはなんだか気になってしょうがない。
俺は密かにずっとそんなことを考えていた。
まあ、先は長いのだ。
いつか名前で呼ばせてみせる。『ヒロヤ』でも『ヒロ』でもいい。
「どうした? タキ」
「俺! 頑張るっすよ! きっと資格取って龍惺さんのとこに雇って貰います!」
いきなりそう宣言されては怪訝な顔をされても無理はない。
「おう……」
そう短く答えてバイクのメンテを続けた。
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