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第7話 身体の相性
大晦日は休みの予定が、後輩の当日欠勤を急遽穴埋めした。
サブは、プレイ不足による体調不良が悪化して[サブドロップ]に陥り、連絡も取れないことがある。サブ専門事務所なら一般企業より理解があり、柔軟に対応できる。
ただ、休んだのは神泉のクリスマス会で上の空だった後輩だ。見た目より悩んでいたのか。
(契約更新の話、もっとじっくり聞いてやりゃよかったな)
責任を感じつつ、マンションのエントランスをくぐる。小さく除夜の鐘が聞こえた。
(今年もパートナー見つからずじまい、か。ん?)
仄暗いエレベーターホールに、人影がある。
後ろ姿が千歳に見えて、目を擦る。
「お、夕夜さんも仕事終わり? お疲れ」
振り向いたのは、真王だ。
スーツ姿で、「適当にやっても楽勝」の割に休日出勤帰りらしい、が。
(初恋相手と見間違うとかあり得ねえだろ)
共通するのは長身とドムなことしかない。今、東京にいるかもわからないのに。
動揺を、「明日は雪だな」と軽口で隠す。
「ひっど。俺も気になる案件には真面目なのに。ドムだから何でもちょろいって思われっけど、俺なりに努力してるわけよ」
そうと知らない真王は、サブファーストで夕夜を先に乗せつつ、口を尖らせた。
ダイナミクスによる決めつけは夕夜もされたくない。シンプルな失言だ。詫びたいが、素直に声が出ない。真王のジャケットの袖を摘まむだけになる。
「……なに?」
目が合う。
静かに上昇するエレベーターの中で、図らずも、唇が重なった。
「ん、んっ」
気にしてないよ、と示すかのごとく啄んでくる。真王の温もりが全身に波及する。最上階に着くのが普段より早く感じた。
運命のパートナー判定はさておき、恋愛対象として、まだ意識してしまう。
リップノイズを残して踏み出した共用廊下も、人気 がない。夕夜はそれぞれの部屋に入るのを引き延ばすみたいに訊く。
「正月は実家に帰るのか」
「いーや。家族関係冷え切ってっし」
真王は事もなげに言い放ったつもりだろう。だが、顔にさみしさが透けている。
いつも「おかえり」と夕夜を迎えるのは、グレア事件以前は家が居心地よかった証拠とみた。
夕夜は喉を鳴らした。我ながら呆れるほど、しゅんとした真王にそそられる。
真王は天然か、その表情のまま夕夜を見つめた。
「昨日の続き、しよ?」
昨日の酔い具合では、キスを忘れるには至らなかったようだ。
「しろ」という命令形でもないのに、理性がぐらつく。
結局、「シャワー浴びたらな」と受け入れてしまった。
「って、おいおい」
シャワーでさっき接待したドムの香りを洗い流していたら、玄関から真王の文句が聞こえた。
ちょっと自宅に寄るというので、鍵は開けてある。だがドアロックが掛かっているのだ。せめてもの自戒である。
(独りでさみしそうな真王を身体で癒してやるだけ。プレイは求めねえ。よし)
半裸でドアロックを外しにいく。
「すげえやりてえって顏してんな」
真王は数分すら待ちきれず頭の中で夕夜を犯し始めていたか、大きな瞳が欲に濡れている。
「やる気はいつでもあるよ」
夕夜の揶揄いに腹を立てたりせず、弄ばれてのける度量があるらしい。そんな男になら、夕夜もその気になる……いやいや、真王を慰めるためだ。
考えを修正する間に、真王が身体を滑り込ませてくる。間取りは同じ1LDK。迷いのない足取りで寝室へなだれ込んだ。どさどさと何やら音がするが気にしない。
ちょうどいい強引さでベッドに縫い留められる。腰を跨がれる際、太腿に触れた「極上品」は早くも半勃ちだ。
夕夜はにやりと笑った。
「てめえも脱げ」
「言われなくても」
スーツのままの真王が、シャツのボタンを外しながら、腰に黒いタオルを巻いたきりの夕夜の身体を見下ろす。
「月に光ってる。歳上の男と思えないわ。美容クリニック通ったってこの透明感は手に入んないだろ」
そう言う真王も「均整の取れた」という形容がぴったりな筋肉の付き方だ。トレーニングしてもこう都合よくいくまい。
存分に堪能……でなく、慰めよう。
夕夜はすべらかな右脚を持ち上げた。膝立ちの真王に、踝で頬擦りしてやる。
「身体やぁらか」
真王はそのつま先を捉え、躊躇なく指一本一本に口づけた。
ちゅっ、ちゅと音を立てる。さらにくっきり出っ張った踝を甘噛みし、ふくらはぎから膝裏のくぼみへと舌を這わせる。
「脱ぐかキスかどっちかにしろ」
「どっちもするけど?」
脚好きの申告どおり、興奮している。
夕夜も性感を拾ってぴくぴく震えた。身体は正直というやつだ。愛撫されるさなか、真王の性器を下着越しに引っ掻く。むくりと角度が変わり、夕夜の顏も輝く。
「あんたほんと俺のちんこ好きな」
真王がくすりと笑い、髪を掻き上げた。身体には絶対の自信があるらしい。
でも、簡単に主導権は渡さない。
「てめえがおれの花好きなんだろ」
タオルをめくり、後腔を見せつける。さっき浴室で解しておいた。ぬかるんだ粘膜から、花蜜みたいにローションが伝う。
「……えっろ」
真王は感嘆の溜め息を吐いた。
いったん右脚を取り戻す。腰を捻り、サイドチェストからスキンを探り出した。こう見えてセーフセックスのために常備している。
「出しな、極上品」
真王は謙遜のけの字もなく、スラックスも下着も脱ぎ散らした。血管が浮き出て上反りする上等な性器に、口でスキンを被せてやる。Lサイズでもきつそうだ。
「手際よ過ぎね?」
真王の顔には「早く挿 れたい」と、三箇所くらい太字で書いてある。
夕夜は改めて、貴婦人のようにうつ伏せに寝そべった。肩越しに真王を見上げる。
「喰われな」
すかさず、体重を掛けて性器を突き立てられた。
「ぁ――、でかくて、熱 い……」
白い喉を反らし、称賛の声を上げる。
挿入前に「どこに何が欲しい?」とか「挿れてもらいたかったら○○しろ」とかの茶番をされると、夕夜は興醒めする。「挿れてえのはてめえもだろ」という気になるのだ。
その点、真王は情欲に忠実なのがいい。
「あは、締まってんのに、啜られてる」
ぎちぎち奥まで割り開く。小刻みに腰を前後し、夕夜の性感帯を探す。夕夜が「ぁっ」と声を漏らせば、執拗にその箇所を擦る。
(極上品に慣らされると、理想のドム探しに支障が出る、か?)
懸念と裏腹に、夕夜も尻を高く上げてゆらめかせていた。
奥のくびれに、真王の性器の張り出した部分がぐっぽり嵌る。なかなかここまで届かない。逃さないとばかりに、内壁が真王のものを食い締める。
「こんな気持ちいの、忘れてたのかよ……」
背後の真王が感じきったようにつぶやく。
こうなったら、互いの性感帯をひたすら擦り合わせるだけ。身体のフィット感がいいからこそ、王道がいちばんだ。したい愛撫とされたい愛撫が噛み合い、流れが途切れない。ああしてこうしてといちいち言う必要はない。
ぐちゅぐちゅと粘ついた音と、ふたり分の乱れた呼吸、ベッドの悲鳴しか聞こえない。夕夜の項に真王の汗がぽたりと落ちた。
「気持ちよ過ぎて、夕夜さんとじゃないと、イけなくなりそ」
「別に、っいいんじゃ、ねえか?」
夕夜が促せば、真王は追い上げに入る。
(こいつの抱き方、やっぱ悦いな……)
ニュートラルの男でも、夕夜がサブと知ればセックス中にあれこれ命令を押しつけてくる。
真王はドムなのに、夕夜を制限しない。
「……~っ!」
身体を開いたら心も開かれたのか、一回目のセックスより深い絶頂に沈んだ。真王のさみしさを紛らわせてやるはずが先に達してしまうなんて。もはや言い訳にもならない。
絶頂は底が見えない。迷子にならないよう、内壁がきゅっと真王のものに縋りつく。
「真王も、来い、」
「ん、イく……、あ――ぁっ!」
真王は大きな声を抑えもせず、胴震いした。スキン越しでも飛沫の勢いが想像され、夕夜もまた軽く達する。
(これ以上悦くされたら、好きになっちまう……)
最後の一滴まで射精し終えた真王が、深刻な懸念がよぎる夕夜に覆い被さってきた。極上品も奥に居座らせたまま、囁く。
「もっかい」
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