7 / 26

第7話 身体の相性

 大晦日は休みの予定が、後輩の当日欠勤を急遽穴埋めした。  サブは、プレイ不足による体調不良が悪化して[サブドロップ]に陥り、連絡も取れないことがある。サブ専門事務所なら一般企業より理解があり、柔軟に対応できる。  ただ、休んだのは神泉のクリスマス会で上の空だった後輩だ。見た目より悩んでいたのか。 (契約更新の話、もっとじっくり聞いてやりゃよかったな)  責任を感じつつ、マンションのエントランスをくぐる。小さく除夜の鐘が聞こえた。 (今年もパートナー見つからずじまい、か。ん?)  仄暗いエレベーターホールに、人影がある。  後ろ姿が千歳に見えて、目を擦る。 「お、夕夜さんも仕事終わり? お疲れ」  振り向いたのは、真王だ。  スーツ姿で、「適当にやっても楽勝」の割に休日出勤帰りらしい、が。 (初恋相手と見間違うとかあり得ねえだろ)  共通するのは長身とドムなことしかない。今、東京にいるかもわからないのに。  動揺を、「明日は雪だな」と軽口で隠す。 「ひっど。俺も気になる案件には真面目なのに。ドムだから何でもちょろいって思われっけど、俺なりに努力してるわけよ」  そうと知らない真王は、で夕夜を先に乗せつつ、口を尖らせた。  ダイナミクスによる決めつけは夕夜もされたくない。シンプルな失言だ。詫びたいが、素直に声が出ない。真王のジャケットの袖を摘まむだけになる。 「……なに?」  目が合う。  静かに上昇するエレベーターの中で、図らずも、唇が重なった。 「ん、んっ」  気にしてないよ、と示すかのごとく啄んでくる。真王の温もりが全身に波及する。最上階に着くのが普段より早く感じた。  運命のパートナー判定はさておき、恋愛対象として、まだ意識してしまう。  リップノイズを残して踏み出した共用廊下も、人気(ひとけ)がない。夕夜はそれぞれの部屋に入るのを引き延ばすみたいに訊く。 「正月は実家に帰るのか」 「いーや。家族関係冷え切ってっし」  真王は事もなげに言い放ったつもりだろう。だが、顔にさみしさが透けている。  いつも「おかえり」と夕夜を迎えるのは、グレア事件以前は家が居心地よかった証拠とみた。  夕夜は喉を鳴らした。我ながら呆れるほど、しゅんとした真王にそそられる。  真王は天然か、その表情のまま夕夜を見つめた。 「昨日の続き、しよ?」  昨日の酔い具合では、キスを忘れるには至らなかったようだ。  「しろ」という命令形でもないのに、理性がぐらつく。  結局、「シャワー浴びたらな」と受け入れてしまった。 「って、おいおい」  シャワーでさっき接待したドムの香りを洗い流していたら、玄関から真王の文句が聞こえた。  ちょっと自宅に寄るというので、鍵は開けてある。だがドアロックが掛かっているのだ。せめてもの自戒である。 (独りでさみしそうな真王を身体で癒してやるだけ。プレイは求めねえ。よし)  半裸でドアロックを外しにいく。 「すげえやりてえって顏してんな」  真王は数分すら待ちきれず頭の中で夕夜を犯し始めていたか、大きな瞳が欲に濡れている。 「やる気はいつでもあるよ」  夕夜の揶揄いに腹を立てたりせず、弄ばれてのける度量があるらしい。そんな男になら、夕夜もその気になる……いやいや、真王を慰めるためだ。  考えを修正する間に、真王が身体を滑り込ませてくる。間取りは同じ1LDK。迷いのない足取りで寝室へなだれ込んだ。どさどさと何やら音がするが気にしない。  ちょうどいい強引さでベッドに縫い留められる。腰を跨がれる際、太腿に触れた「極上品」は早くも半勃ちだ。  夕夜はにやりと笑った。 「てめえも脱げ」 「言われなくても」  スーツのままの真王が、シャツのボタンを外しながら、腰に黒いタオルを巻いたきりの夕夜の身体を見下ろす。 「月に光ってる。歳上の男と思えないわ。美容クリニック通ったってこの透明感は手に入んないだろ」  そう言う真王も「均整の取れた」という形容がぴったりな筋肉の付き方だ。トレーニングしてもこう都合よくいくまい。  存分に堪能……でなく、慰めよう。  夕夜はすべらかな右脚を持ち上げた。膝立ちの真王に、踝で頬擦りしてやる。 「身体やぁらか」  真王はそのつま先を捉え、躊躇なく指一本一本に口づけた。  ちゅっ、ちゅと音を立てる。さらにくっきり出っ張った踝を甘噛みし、ふくらはぎから膝裏のくぼみへと舌を這わせる。 「脱ぐかキスかどっちかにしろ」 「どっちもするけど?」  脚好きの申告どおり、興奮している。  夕夜も性感を拾ってぴくぴく震えた。身体は正直というやつだ。愛撫されるさなか、真王の性器を下着越しに引っ掻く。むくりと角度が変わり、夕夜の顏も輝く。 「あんたほんと俺のちんこ好きな」  真王がくすりと笑い、髪を掻き上げた。身体には絶対の自信があるらしい。  でも、簡単に主導権は渡さない。 「てめえがおれの好きなんだろ」  タオルをめくり、後腔を見せつける。さっき浴室で解しておいた。ぬかるんだ粘膜から、花蜜みたいにローションが伝う。 「……えっろ」  真王は感嘆の溜め息を吐いた。  いったん右脚を取り戻す。腰を捻り、サイドチェストからスキンを探り出した。こう見えてセーフセックスのために常備している。 「出しな、極上品」  真王は謙遜のけの字もなく、スラックスも下着も脱ぎ散らした。血管が浮き出て上反りする上等な性器に、口でスキンを被せてやる。Lサイズでもきつそうだ。 「手際よ過ぎね?」  真王の顔には「早く()れたい」と、三箇所くらい太字で書いてある。  夕夜は改めて、貴婦人のようにうつ伏せに寝そべった。肩越しに真王を見上げる。 「喰われな」  すかさず、体重を掛けて性器を突き立てられた。 「ぁ――、でかくて、(あち)い……」  白い喉を反らし、称賛の声を上げる。  挿入前に「どこに何が欲しい?」とか「挿れてもらいたかったら○○しろ」とかの茶番をされると、夕夜は興醒めする。「挿れてえのはてめえもだろ」という気になるのだ。  その点、真王は情欲に忠実なのがいい。 「あは、締まってんのに、啜られてる」  ぎちぎち奥まで割り開く。小刻みに腰を前後し、夕夜の性感帯を探す。夕夜が「ぁっ」と声を漏らせば、執拗にその箇所を擦る。 (極上品に慣らされると、理想のドム探しに支障が出る、か?)  懸念と裏腹に、夕夜も尻を高く上げてゆらめかせていた。  奥のくびれに、真王の性器の張り出した部分がぐっぽり嵌る。なかなかここまで届かない。逃さないとばかりに、内壁が真王のものを食い締める。 「こんな気持ちいの、忘れてたのかよ……」  背後の真王が感じきったようにつぶやく。  こうなったら、互いの性感帯をひたすら擦り合わせるだけ。身体のフィット感がいいからこそ、王道がいちばんだ。したい愛撫とされたい愛撫が噛み合い、流れが途切れない。ああしてこうしてといちいち言う必要はない。  ぐちゅぐちゅと粘ついた音と、ふたり分の乱れた呼吸、ベッドの悲鳴しか聞こえない。夕夜の項に真王の汗がぽたりと落ちた。 「気持ちよ過ぎて、夕夜さんとじゃないと、イけなくなりそ」 「別に、っいいんじゃ、ねえか?」  夕夜が促せば、真王は追い上げに入る。 (こいつの抱き方、やっぱ悦いな……)  ニュートラルの男でも、夕夜がサブと知ればセックス中にあれこれ命令を押しつけてくる。  真王はドムなのに、夕夜を制限しない。 「……~っ!」  身体を開いたら心も開かれたのか、一回目のセックスより深い絶頂に沈んだ。真王のさみしさを紛らわせてやるはずが先に達してしまうなんて。もはや言い訳にもならない。  絶頂は底が見えない。迷子にならないよう、内壁がきゅっと真王のものに縋りつく。 「真王も、来い、」 「ん、イく……、あ――ぁっ!」  真王は大きな声を抑えもせず、胴震いした。スキン越しでも飛沫の勢いが想像され、夕夜もまた軽く達する。 (これ以上悦くされたら、好きになっちまう……)  最後の一滴まで射精し終えた真王が、深刻な懸念がよぎる夕夜に覆い被さってきた。極上品も奥に居座らせたまま、囁く。 「もっかい」

ともだちにシェアしよう!