5 / 26
第5話 酒と愛と支配と
真王がどんなドムか掘り下げ、判定クリアならプレイしてみる。
それには酒をたくさん飲ませるのが最適だ。初対面時の酔った真王は、本音を取り繕えていない感じだった。
(そこが可愛かった……のはともかく)
ちなみに夕夜は酒にめっぽう強い。
三十日。世間は年末年始休みだ。だが夕夜は夜出勤なので、真っ昼間にベランダに出た。煙草をふかせば、どたばた足音が響く。
「おか、おはよ、夕夜さん」
真王は寝癖頭だ。昨日仕事納めして、朝まで遊んでいたのか。何にせよ言い渡す。
「鍋洗ったから取りにこい。鍵は開いてる」
「へ。――ぁ、行く行く!」
にゅうめんの入っていたストウブ鍋を餌に誘うと、真王は三拍遅れで罠に嵌まった。隔板越しに渡せばいい、とは言わずに。
黒い部屋着姿の夕夜は魔女さながらである。古い資格テキストを赤外線ヒーターの後ろにきっちり仕舞い、可愛い「犬」を迎え入れる。
「お邪魔しまーす」
ヴィトンのサンダルを脱いだ真王は、迷彩柄スウェット上下という出で立ちだ。
「テレビもソファもまだ買ってないの?」
きょろきょろしながら後ろをついてくる。リビングのガラスローテーブルに、オールドウイスキーやらヴィンテージワインやら――客に貰うが独り酒しないので未開封――が並ぶのを見て、大きな目を輝かせた。
「つまみつくったげる。って、冷蔵庫小っさ。中身無! 『真王セレクション』取ってくっから鍵閉めんなよ、絶対だからな」
かと思うと鍋そっちのけで共用廊下を一往復し、肉も魚も、青果に調味料まで持参する。
――それが一時間前のこと。
「ニュートラルはいいよな、特別な何かじゃないってのは逆に恵まれてるわ」
ラグに胡坐を掻いた真王が、くだを巻く。酔っ払うのが早過ぎないか。先の歓迎会では酒量をセーブしていたようだ。顔が赤くなったりはせず酔いを判別しにくいのがまた危険だ。
(乗っ掛るぞこら)
夕夜はテーブルの向かいで片膝を立てた。下がり眉で自作の鯛カルパッチョをつつく真王へのむずむずを抑え、探りを入れる。
「ドムのが恵まれてるだろ」
「恵まれてない。サブじゃなくても支配されたがる女、多過ぎ。支配って、せがまれてするもんじゃなくね。ふつうに愛させろっての」
真王は気怠い息を吐いた。
夕夜に言わせれば、サブを支配して強者気分を味わいたがる男が多い。そういう輩にはうんざりだ。
ドムの真王も、同じようにうんざりしているとは意外だった。
というか、そんなドムばめったにいまい。
ドムは異性に人気で、登用されやすく就職・進学で有利、他を支配する存在だと自他ともに疑わない、「人生勝ち組」だ。
なのに、真王は満たされていないらしい。
(そういや愛し方わかんねえって泣いてたな)
いじらしさを感じかけ、いやいやと首を振る。まだ最終判定を下すのは早い。
「なんで、んなドムっぽくねえこと言うんだ」
「ん……俺、父さんもドムなんだけど、さ」
真王は言い淀み、ウイスキーを呷った。親子でダイナミクス持ちとはめずらしい。
「親父さんがどうした」
グラスにおかわりを注いでやりつつ、「相談に乗ってやる」という顔で促す。
「五年前、クリスマスに母さんがでっかいケーキつくってくれたのにさ、」
乗せられた真王が、やたらでかい苺を齧り齧り切り出した。
「愛人に会いに行こうとしたんだよ、いい歳して。で、『今日くらい母さん優先すれば?』つったら、[グレア]返されて死んだ」
「そりゃ最悪だな。傷害みてえなもんだ」
さすがの夕夜も同情を口にする。
グレアは、ドムがドムを屈服させる「視線」だ。ドム値、ひいてはドムの格の違いを明確にする。たいていサブをめぐって争うときに使われる。屈服させられたほうはしばらく自失状態になり、コマンドも発せない。
「だろ。サブの愛人自体は昔からいたけど、一人息子の自尊心へし折るほどご執心のやつができたぽいわ。俺の家族は支配関係。世間ではこれを愛っていうの意味わかんない」
真王が鼻息荒くテーブルを叩く。酒のボトルや紙皿やペン立てが揺れて、しゃらんと鳴る。
支配したい本能を持つドムが無理やり膝を突かされるのは、屈辱でしかないが――。
「てめえもドム値高えのに、敵わねえのか」
夕夜は首を傾げた。真王は新歓の折、ニュートラルにもコマンドを効かせた。ドム値の高い、強いドムのみなせるわざだ。
「言うなよ、なんでか他のドムのグレアに弱いのちょっと気にしてんだよ」
真王がじわじわ涙目になる。
「仕事も結局父さんの言いなりだし……」
諦めの滲む声でこぼした。コネとは、父親に逆らえないという意味だったらしい。
「はー、ドムの愛は支配しないと伝わらないのかよ。『愛されてる感じしない』って何。こんな顔も頭も育ちもいい男つかまえてさ。コマンド使わないセックスだって悦くしてるじゃん」
つまり真王は、支配イコール愛情とは思わないから支配したくない。でも魅力的なドムゆえ支配を求められる。
彼なりに葛藤に苛まれているのだ。思えば、新歓でもベランダでも、複雑な表情が垣間見えた。錯覚じゃなかった。
「強がりが下手くそだな」
夕夜は、真王のやわらかい髪を撫でた。
自信家な振る舞いが、生来の性格ばかりでなく、自分の愛し方に自信を持ちたいからだとすれば可愛いものではないか。ふつうに愛そうとしては失敗した結果、遊び人状態になっているのも憐れで可愛い。
「……へへ。あんたに撫でられんの、好き」
真王は不意をつかれた顔をしたが、すぐ心地よさげに夕夜の手に頭を摺り寄せる。
ふつうがいいというのも、無駄にハードなプレイを好まない夕夜と気が合う。
プレイというとSMになりがちだ。でも、このパートナーのためなら何でもできるという信頼を表すのに、痛みに耐えたり恥ずかしいことをするだけが手段ではないはず。
にもかかわらず、他人を従えられるとなったとき、画一的に痛めつけようとする男が多過ぎる。
サブを下げないとドム様でいられないのか?
(こいつのプレイは、今までのドムとは違いそうだ。でも、プレイしたくねえだろうな)
ただ、誤算もある。彼がどんなドムか詳しく知ったために、迂闊にプレイに持ち込めなくなった。
プレイで満たし合えなければ、運命のパートナーとはいえない。
どうしたものかと逡巡していたら、テーブルにゆったり伏せた真王が、
「家族だって支配関係なのに、夕夜さんは他人の俺を利害関係なく、人肌であっためてくれたっけ?」
と話題を変えた。手に手を重ね、湿度の高い眼差しも向けてくる。これは――。
ともだちにシェアしよう!