10 / 26

第10話 十年ぶりの男

 絶望まじりの自嘲が、プレイ中止の合図になった。  真王が慌てたように夕夜をベッドに引き上げ、抱き締めてくる。 「や、俺がいまいちなせいだから」  互いにプレイ失敗の原因を被ろうとする。  ドムっぽいサブの夕夜と、ドムらしくないドムの真王ならうまくいくのでは――と期待もあったぶん、打ちひしがれた。 (まさかプレイが成立すらしねえとは)  こんな自分とぴったり合うドムがどこかにいる、と夢見るのはもうやめるべきか。  サイドチェストに置いたジッポを見やる。  プレイ失敗で身体が怠いが、甘い香りの煙草を吸うより、真王の腕に包まれていたい。 (サブじゃ、なけりゃ)  真王のセフレでなく、恋人になりたい。  それくらい惹かれているからこそ、ただ恋人になって、プレイはそれぞれ別のパートナーと行う、なんて耐えられない。  二階堂と利害関係を続けられたのは、心を占める恋をしていなかったからだ。  あれこれ理想を掲げても、恋はそれとは関係なく落ちてしまう。はじめて会ったとき、泣くほど愛したがっていた真王に、もう落ちていたのだと思い知る。 (真王を拾ったつもりが、俺が落ちてた)  真王のコマンドは、甘い愛だ。サブを痛みや苦しみに晒さない。  なのに夕夜が気持ちよくなってやれないばかりに、ただの支配と同じにしてしまった。ドムのプライドをへし折る毒花、とは言い得ている。 (真王を解放してやらねえと。こいつの愛し方で満たされるサブが他にいるだろうし)  真王に苦痛を味わわせたくない。でも、夕夜への好意を失いたくない。 「夕夜さん、今何考えてる? 何も考えないで、しよ」  今だけはと、泣きそうな顔の真王に身を委ねる。  皮肉にもふつうのセックスならすごく悦くて、明け方まで無心に抱かれ続けた。  夕夜はプレイ失敗の翌日も出勤した。  新年会が落ち着いたらバレンタインシーズンだ。仕事に穴を開けられない。  麻布の個人経営バーにて、芸能関係者をもてなすが――寝不足もあり身が入らない。喫煙所で活を入れようと立ち上がったとき、 「相良」  朗らかに呼ばれた。「慎と呼べ」と言い渡すべく振り返り、息を呑む。  初恋相手の、千歳が微笑んでいた。  今度は見間違いではない。ウエットな短髪と口髭が、持ち前の厭味なさにセクシーさを添え、深赤のハイネックニットを映えさせる。 「十年ぶりだな。東京に出てきてたのか」 「相良こそ。学生時代からは想像できない金髪、似合うなー」  昔みたいにてらいなく笑う。夕夜もつられた。  彼のパートナーのサブを思うと少し気が咎めるが、懐かしい旧友には変わりない。  彼の隣のスツールに座り直す。仕事を聞けば、 「人材派遣業ってところだよ」  とのことで、派遣する側とされる側ながら共通の話題が多く、盛り上がった。やっぱり耳触りのいい声だ。  今好きな男とのプレイに失敗した翌日、何もできず終わった初恋相手と再会するなんて、どんなめぐり合わせだろう。 「店替えて、ふたりで飲み直そう」  数か月前の夕夜なら舞い上がる誘いは――丁重に断った。真王のべそ掻き顔がちらつく。連絡先の交換も控えた。 (恋人でもパートナーでもないのに、な)  千歳は無理強いはしてこず、夕夜をタクシーに乗せる。ひらひら手を振るや、スマホを耳に当てた。業界仲間から引っ張りだこのようだ。  灰色のバンは相変わらず近くに停まっていたが、今夜は別方向に走り去った。

ともだちにシェアしよう!