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第10話 十年ぶりの男
絶望まじりの自嘲が、プレイ中止の合図になった。
真王が慌てたように夕夜をベッドに引き上げ、抱き締めてくる。
「や、俺がいまいちなせいだから」
互いにプレイ失敗の原因を被ろうとする。
ドムっぽいサブの夕夜と、ドムらしくないドムの真王ならうまくいくのでは――と期待もあったぶん、打ちひしがれた。
(まさかプレイが成立すらしねえとは)
こんな自分とぴったり合うドムがどこかにいる、と夢見るのはもうやめるべきか。
サイドチェストに置いたジッポを見やる。
プレイ失敗で身体が怠いが、甘い香りの煙草を吸うより、真王の腕に包まれていたい。
(サブじゃ、なけりゃ)
真王のセフレでなく、恋人になりたい。
それくらい惹かれているからこそ、ただ恋人になって、プレイはそれぞれ別のパートナーと行う、なんて耐えられない。
二階堂と利害関係を続けられたのは、心を占める恋をしていなかったからだ。
あれこれ理想を掲げても、恋はそれとは関係なく落ちてしまう。はじめて会ったとき、泣くほど愛したがっていた真王に、もう落ちていたのだと思い知る。
(真王を拾ったつもりが、俺が落ちてた)
真王のコマンドは、甘い愛だ。サブを痛みや苦しみに晒さない。
なのに夕夜が気持ちよくなってやれないばかりに、ただの支配と同じにしてしまった。ドムのプライドをへし折る毒花、とは言い得ている。
(真王を解放してやらねえと。こいつの愛し方で満たされるサブが他にいるだろうし)
真王に苦痛を味わわせたくない。でも、夕夜への好意を失いたくない。
「夕夜さん、今何考えてる? 何も考えないで、しよ」
今だけはと、泣きそうな顔の真王に身を委ねる。
皮肉にもふつうのセックスならすごく悦くて、明け方まで無心に抱かれ続けた。
夕夜はプレイ失敗の翌日も出勤した。
新年会が落ち着いたらバレンタインシーズンだ。仕事に穴を開けられない。
麻布の個人経営バーにて、芸能関係者をもてなすが――寝不足もあり身が入らない。喫煙所で活を入れようと立ち上がったとき、
「相良」
朗らかに呼ばれた。「慎と呼べ」と言い渡すべく振り返り、息を呑む。
初恋相手の、千歳が微笑んでいた。
今度は見間違いではない。ウエットな短髪と口髭が、持ち前の厭味なさにセクシーさを添え、深赤のハイネックニットを映えさせる。
「十年ぶりだな。東京に出てきてたのか」
「相良こそ。学生時代からは想像できない金髪、似合うなー」
昔みたいにてらいなく笑う。夕夜もつられた。
彼のパートナーのサブを思うと少し気が咎めるが、懐かしい旧友には変わりない。
彼の隣のスツールに座り直す。仕事を聞けば、
「人材派遣業ってところだよ」
とのことで、派遣する側とされる側ながら共通の話題が多く、盛り上がった。やっぱり耳触りのいい声だ。
今好きな男とのプレイに失敗した翌日、何もできず終わった初恋相手と再会するなんて、どんなめぐり合わせだろう。
「店替えて、ふたりで飲み直そう」
数か月前の夕夜なら舞い上がる誘いは――丁重に断った。真王のべそ掻き顔がちらつく。連絡先の交換も控えた。
(恋人でもパートナーでもないのに、な)
千歳は無理強いはしてこず、夕夜をタクシーに乗せる。ひらひら手を振るや、スマホを耳に当てた。業界仲間から引っ張りだこのようだ。
灰色のバンは相変わらず近くに停まっていたが、今夜は別方向に走り去った。
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