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第12話 セフレvsパトロン

 真王の大きい目がこぼれ落ちそうなほど見開かれる。  夕夜も、真王と二階堂の顔を交互に見た。  今、「父さん」と呼んだか? 「何だ、慎の部屋に上がり込んで」  二階堂は動じていない。ただ虫の居所が悪そうだ。  それもそのはず、金を与えているサブがプレイに応じない上、自分の「息子」を部屋に連れ込んでいる。  真王は「家族関係冷え切ってる」とさみしげに言った。五年前、彼が父親にグレアを浴びせられるきっかけになった愛人は――。 (おれだ。出会う前から真王を傷つけてた)  目の前が真っ暗になる。さしもの夕夜も、今ばかりはお仕置きしてほしかった。  なりたいものになれないだけじゃない。いちばんなりたくないものになっていたなんて。  隣人という偶然に運命を感じたのも滑稽だ。単に二階堂が、自分の支配下のサブと息子とに、所有する物件をそれぞれ宛がったに過ぎない。 「そっちこそなんで夕夜さんちの鍵開けられんだ、よ……」  真王も、父親と「夕夜のパトロン」が結びついたのだろう。顔色が消えた。  どう謝っても許されまい。  近くにいるのに、遠い。 (コネ就職って聞いた時点で、なぜ察せなかった? 運命の予感で浮かれてたか)  運命ではない。にもかかわらず未だ手放せない恋心が、夕夜を嘲笑う。 「二階堂さん、五分、ください」  せめて場を執り成すべく真王に事情を話そうとした。だが、へたりと脱力してしまう。 「サブドロップか」  二階堂がひとつ息を吐き、リビングを縦断してくる。  まさか真王の前でケアを? ……やりたくない。 「慎、『脱ぎなさい(strip)』」  夕夜の声にならない切願は届かず、コマンドを放たれた。二階堂の紳士的なプレイは、違う言い方をすれば事務的だ。  誰が好んで従うかという気概も、この状況では湧かない。  コートに手を掛けた。ポケットからジッポが落ちたが、中断はせずスーツとシャツのボタンを外していく。  「従う」と「褒める」を繰り返す作業だと割り切ればいい……。 「ちょ、いきなり服脱がさすな」 「慎は自分の意思で脱いでいる」  真王が異議を唱えるものの、二階堂は相手にしない。アイランドキッチンに寄り掛かり、支配階級然としている。 「真王、いい機会だからよく見ていなさい。おまえはコマンドの出し方が下手だ」  指摘が図星だった真王が、俯く。 「『愉しんでみせてごらん(present)』」  その間にコマンドが続いた。大きな声でも荒い語調でもないゆえに、夕夜に抵抗を抱かせにくく、効きやすい。 (善がるところを見せろ、ときたか)  二階堂は鑑賞派だ。今夜も動く気配がない。実質、自慰の命令だ。  強要罪……とは言えない。金を貰っているので合意だ。それに、なまじ横から手を出されるより自分でするほうが感じやすい。  応えるのが回復する早道だ。なのに手が震え、下着をうまく下ろせない。  二階堂は、人前で性的なコマンドを使う抵抗はないのか? 「ほら、『早く(rush)』」  あくまで事務的に畳み掛けられた。応えて褒められたいサブの欲と、真王に見られたくない恋心が入り乱れ、ぐちゃぐちゃになる。  真王を屈服させた二階堂のコマンドに従ったら、プレイに失敗した真王の二重の否定になってしまうかも――いや、今さら何か言えた義理ではない。  夕夜は自らの性器を掴んだ。自分を罰するみたいに乱暴に扱く。  セーフワードは使わない。早く褒めてほしい。  見ないで。見て。  気持ちよくはなれず、目尻からひと筋、涙が伝った。 「父さんもうやめろ! この人はな、」  見兼ねた真王が自分のジャケットを夕夜の下半身に被せ、悲愴な顔で叫ぶ。  途端、身体が甘く疼いた。同時に背筋が凍るような感覚も味わう。  真王がグレアを放ったのだ。それもかなり強い。 「どら息子が逆らうな」  二階堂が、さらに強力なグレアを叩き返す。  真王はあえなく這いつくばった。 「なんで、なんであんたなんだよ……っ」  こだわりの髪を振り乱し、二階堂を睨み上げる。声は泣きそうに歪んでいた。  真王が気掛かりだ。でも指一本動かない。  立て続けに強いグレアを浴びては仕方ない。ドムのグレアは、サブにとっては強力なコマンドに等しい。 「時間がない。邪魔のない場所で続きだ」  二階堂の肩に担ぎ上げられる。真王のジャケットが滑り落ちたが、拾えない。  項垂れる真王を独り置いていかざるを得なかった。

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