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第13話 運命は残酷
ケア自体は夜のうちに終えた。
二階堂はすぐ帰宅したが、夕夜はチェックアウトぎりぎりまでホテルに留まり、時間を潰す。
昼前にスーツを着直してマンションに戻り、そっとリビングを覗いた。
真王の姿はない。心配半分、難を逃れた気持ち半分で息を吐く。
グレアの影響が案じられるが、それ以上にどんな顔で会えばいいかわからなかった。何せ彼の父親とプレイしていたのだ。
(真王は二階堂が愛人に執心してるっつったが、単に息子の反抗をお仕置きしたぽかったな)
二階堂のグレアははじめて見た。利害関係なので、サブをめぐってグレアを使うようなシチュエーションがない。金とかと同じく、ドムの力をさらりと使った感じだ。
床を見やる。真王の仕業か、コートは畳まれ、資格テキストは壁沿いにきれいに並べ直されている。
二階堂は弁護士資格も持ち、憧れめいた気持ちがあった。
弁護士として輝かしいキャリアをスタートさせた真王も、羨ましくないと言ったら嘘になる。それで最初は当たりが強くなりがちだった。
だが、しょせんサブの夕夜には叶わぬ夢だ。真王とは生きる世界が違う。セフレのような関係は、やめよう。改めて決意する。
(次だ。次、次)
そうと決まれば、仕事に打ち込もう。運命のドムとの出会いにもつながる。もっと予定を入れてもらうべく所属事務所に連絡を――
「うわっ」
取り出したスマホがちょうど震えた。
知らないIDからの通話リクエストだ。真王か? ジッポが見当たらず、触って気持ちを落ち着かせられないまま応答する。
『よ、相良。僕だ。今日時間ある?』
聞こえてきたのは、千歳の声だった。
上京してスマホを替えたときID類も一新したのに、どうやって連絡してきたのだろう。
何にしても、身構えていた手脚がほぐれる。千歳の親しみある声をもう少し聞きたい。
誘いに乗り、品川のホテルのティーラウンジに出向いた。
平日の昼下がりでゆったりしており、茶葉のいい香りが漂う。先客のマダムが、ぽわんと夕夜に見惚れる。
「こっちだよ。しかし目立つな、君は」
千歳が目印代わりにスマホを振ってきた。今日は薄色のサングラスを掛け、洒落ている。
ソファで向かい合うなり、気負わない昔話が始まった。独りでは気が塞ぐばかりなので、いい気分転換になる。
「そういや、てめえのサブは元気か」
惚気でも聞いて運命力を分けてもらおうと、話を振る。
だが千歳は「どの?」と訊き返してきた。いやな予感がする。
「修学旅行で出会ったパートナー以外いねえだろうが。[カラー]も渡したんだろ」
口早に付け足す。
[カラー]はパートナーの証だ。ドムが贈り、サブが身に着ける。法的効力はないが、サブのパラメータ値がかなり安定する。いつでもパートナーのドムと一緒にいるように感じられるという。
「あー。仕事関連でちょっと意見が合わなくて、何年か前に別れたんだ。今はパートナー募集中」
え――? 何気なく明かされ、夕夜のティーカップが漣立つ。
次のドムを探そうと決めた矢先、初恋相手が独り身だと知るなんて、出来過ぎている。ふつうなら浮かれるところだが。
この世界に運命の恋は存在しないのかと、落ち込んだ。
千歳とそのパートナーは、夕夜の理想だったのに……。
「相良は、パートナーは?」
「……いたらこの仕事してねえよ」
「はは、悪い。じゃ、法曹界にまだ興味はある? 知人が近々秘書を募集するって」
続いた問いに、どきりと顔を上げる。まるで頭の中を読まれたみたいだ。
資格も業界経験もなしに憧れの法曹界への転職は難しかったが、人材派遣業の千歳を通せば可能か。
夕暮れの別れ際、「知人に詳しく話を聞いておくから、また会おう」と約束した。
仕事面で希望が湧いた一方、千歳とパートナーの破局を自分のことのように引き摺り、とぼとぼ帰宅する。
ベランダに、真王がいた。
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