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第17話 バレンタインは灰色

 千歳と会う金曜はくしくもバレンタインだった。  前日夜に、結局隔板を直さなかったベランダで会った真王の顔には、「ほら下心!」と書いてあった。 「話すだけだ。二十時には帰ってくる。おれのメッセージIDも真王に教えといてやるから」 「別にいーよ、俺その時間まだ残業だし。これマーキングな」  真王が改めて、クリスマスプレゼントのジッポを差し出してくる。苦笑しつつ受け取った。  今夜も黒いコートのポケットに収めて出発する。[カラー]として贈られたわけではないが、持っていると落ち着く。 (……やっぱり自力で転職することにして、千歳には会わないでおいてやるか?)  電車を降り、待ち合わせに向かう道すがら、従順でない夕夜らしからぬ考えが浮かんだ。  しかしせっかくの厚意を断るなら対面で伝えなければ、とも思う。  指定された品川の個人経営バーまで、もう少し歩く。恋人連れが目につく繁華街を逸れて路地裏に入り、千歳に電話を掛けてみる。 「直前で悪いが、日を替えられないか」 『うーん、でももう迎えを遣ったんだ』  電話口の千歳は困り声だ。  それはそうだろう。ここまで来たし、駄目もとの日程調整は取り下げよう。  というか、迎えとは? 道がわかりにくいのかと首を傾げるや、真横にバンが停まった。  最近夕夜につきまとっている、灰色のバンが。  電話中を狙って接触してきたか。スライドドアが開き、「『来い(come)』」と命じられる。  コマンドの効きにくい夕夜は踏みとどまった。だが間髪入れず腕を引っ張られた。 (この詐欺ドム。ひとりで玩具で遊んでろ)  目隠しされる前に垣間見た運転手は、六本木のハズレドムだった。  車内でなおも暴れたら、手脚をテープで拘束された。口にまで貼られたくないので、悪態は心の中で吐く。 (ここぞってときに大声出してやる)  バンは二十分ほど走って停まった。脚のテープを解いて降ろされる。  かすかな潮の匂いと、飛行機のエンジン音がした。  どこに連れてこられたんだかわからないが、夜風が頬を撫でるうちにと、もぞもぞ身体を捻る。  ハズレドムに「何してる」と問われた。「別に」と顎を上げる。脅されて従うほどやわじゃない。  少し歩くと、足音が反響した。屋内に入ったようだ。 「待ってたよー。目隠しを取ってあげて」  この声は……混乱と予感半々で、開けた視界を確かめる。

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