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第18話 交換条件プレイ
柄セーター姿の、千歳が微笑んでいた。
「何のつもりだ」
「人材派遣業だよ」
睨みつける夕夜と裏腹に、千歳は昔話するときと同じトーンで答える。
本当の((待ち合わせ場所))は、貸倉庫らしき空間だった。マンションのリビングより狭く、照明も弱い。千歳はコンクリート床に置かれた革のソファセットに腰掛け、周りを手下だろう強面の男で固めている。
「彼にいい人材がいるって聞けてよかった」
夕夜の横で、ハズレドムがにたりと笑う。
(「人材派遣」って、そういう意味か?)
バンの中で、以前真王に聞いた売春斡旋の話を思い出していた。誘導尋問してみる。
「一攫千金に、サブを使うのかよ」
「ダイナミクスの有効活用って言ってほしいな。サブもどうせ断れないなら、金にできるほうがよくない?」
反吐が出る。千歳は、サブを売り飛ばす違法組織の一員だった。ハズレドムも逆恨みで違法組織と手を組むとは呆れたものだ。
まんまと誘き出されてしまったわけだ。
(気を付けろったって、まさか初恋相手が関わってるとは思わねえよ……っ)
十年ぶりの再会すら仕組まれたものとは。信じたくない。だが現実が目の前にある。
高校時代の千歳はサブに対してこんな態度は取らなかったのに――いや。彼が他のサブといるところは、妬くからなるべく見ないようにしていた。
世間知らずだった自分が恨めしい。千歳の元パートナーは別れて正解だ。
夕夜が自己嫌悪に陥る間に、千歳は言葉巧みに話を進める。
「日本人のサブは人気だし、可愛がってもらえるよ。毒花っていうのも箔がつく。じきに知人一行が来るから準備を、」
「誰がおとなしく売られるっつった? おれはどこにも行かねえ。帰る」
それを遮り、はっきり意思表示した。
「……なら他のサブに行ってもらうよ」
千歳の声の温度が下がる。ソファの後ろに並ぶ細いロッカーを示した。
手下が扉のひとつを開ければ――
「慎、さん」
夕夜の事務所の後輩がへたり込んでいるではないか。大晦日に欠勤したきりの彼だ。
「なんで、ここに」
絶句する。事務所スタッフは「移籍したようだ」と言っていたが。後輩に声を掛けた「エージェント」とは……もはや空恐ろしい笑顔の千歳と、ボンデージ姿で衰弱した後輩を、交互に見る。
「ご、ごめんなさい。連絡先、彼らに、教えちゃって……」
「謝るな。悪いのはこいつらだ」
夕夜は悲痛な顏で首を振った。コマンドで吐かされたのだと容易に想像できる。
他のロッカーにも、サブが「出荷待ち」の状態で囚われているのか? おぞましい。
全員連れて逃げたいが、出入口は夕夜の背後のシャッター一箇所のみだ。
どう千歳を出し抜くか。
懸命に考えていたら、千歳がねっとりした視線を投げてきた。
「でも、美人になった相良をすぐ帰すのもなー。高校の時は女の子が好きだから手出さなかったけど、毒花ってレア商品だよね」
千歳はハズレ中のハズレだと、どんどん露呈する。つくづく友人としての一面しか知らない。プレイしても増長しなかったのは、もともと夕夜を下に見ていたためか。
だが、今の夕夜に本能が反応しているなら好都合だ。
誘拐も売春強要も、ダイナミクスを利用して「本人の意思」と主張されたら裁けない。通報しようにもスマホは取り上げられた。
それでも、夕夜には身体がある。
「コマンド出させてやる。ただしコマンドひとつごとに、おれの要求ひとつ聞け」
強気に千歳を見据えた。
仕事でも意に反して従っているし、どうということはない。助けて、とも思わない。
自業自得だ。真王は忠告してくれていた。
短く息を吐き、千歳のコマンドに備える。
「いいよ、商品お試しね。『おすわり 』」
夕夜はソファの前で、冷たいコンクリートに膝を突いた。次は夕夜の番だ。
「そいつを返、」
「『脱いで 』」
しかし後輩を奪還するより先に次のコマンドを出され、舌打ちする。約束が違う。
「あ、コマンドが効きにくいんだっけ。高校卒業した後、ふつうのサブは相良ほど強情じゃなくて可愛い、って感心した。もちろん相良も、物欲しげに僕を見るのは可愛かったけど」
千歳はひとりでしゃべりながら、手下に目くばせした。夕夜は数人に取り囲まれ、服を剥ぎ取られかける。後輩が細い悲鳴を上げた。
「やめろ、自分でやる……!」
手首のテープを剥がさせる。結局従わせられるなら、自分の意思で動くほうがましだ。
淡々と全裸になる。開き直って背筋を伸ばせば、手下たちが夕夜の白肌に生唾を呑み込んだ。
「部下が手伝うのをやめさせたよ。次は『四つん這い 』」
千歳は勝手に夕夜の順番を消費して、さらなるコマンドを投げてくる。
「そいつのロッカーを半分閉めろ」
夕夜は姿勢を変えつつ、ようやく要求をひとつ出した。後輩に無理やりなプレイを見せたくない。
千歳はしらじらしく笑い、後輩のひとつ隣のロッカーを開ける。
後輩が扉の陰になったはよいが、SM用のボディハーネスを取り出して戻ってくる。
案の定、装着された。ドムは揃ってダイナミクスの表出と同時に特殊性癖に目覚めるのだろうか。
「じゃ、『そのまま 』転がってて」
その状態で放置される。
新しいコマンドを出さず、夕夜の要求にも応えないというわけか。つくづくたちが悪い。
「気の強い相良でも、やっぱりコマンドには従うんだーって、いつも思ってたの思い出すな」
微笑む千歳と裏腹に、視界が歪む。真冬に真っ裸で寒い。
でも、サブドロップに陥っては脱出できない。セーフワードを決めさせてもらえなかったので、深呼吸で耐える。
「こら。僕の玩具に触るなよ」
夕夜に劣情を誘われて((遊びたがる))手下たちを、千歳が牽制した。
まったく、こういう趣味の男だったとは。意思ある人間ならふつう断ることを断れないサブを、人と思っていない。
(サブは楽な金儲けの道具でも、意思のない玩具でもねえ……レア商品とか冗談にならねえぞ)
夕夜に代わって悔しさを叫ぶみたいに、着信音が響いた。夕夜のスマホだ。
ハズレドムが千歳に手渡す。真王のIDが表示されているのがちらりと見えた。
本当に二十時前に千歳と話を終えたかの確認だろうか。脳裏に真王の憎めない笑顔が浮かび、指先に少し体温が戻る。
「誰かな?」
「……知らねえ」
「はは、パートナーはいないんだったね。誰も真剣に君を取り返しにはこない」
そう、真王は、やくざじみた千歳に立ち向かってもらうほどの仲じゃない。頭から真王を追い出す。着信音も止まった。
(こんなはずじゃ、なかったのによ)
今までだって独りで理不尽に対抗してきた。にもかかわらず、悔し涙が流れる。
「あららー。気が強くても、相良はしょせんサブだよ。他の何にもなれない」
千歳が、的確に心を折る一言を吐く。
ニュートラルならこんな目に遭わずに済んだ。夕夜には他のサブを助けられない。せめてコマンドに気持ちよくなれたら苦しくない……。
千歳は玩具に興味を失った子どものごとく夕夜を無視し、スマホであちこちやり取りしている。他のサブを売り飛ばす算段か。
「――いいのあったらまた紹介してくださいー。っと」
しばらくして、腕時計を見やった。
「遅いな。もうちょっと試遊しようか」
海外側のエージェントが遅刻しているようだ。それをよいことに、夕夜の背後に立つ。
「相良、腰上げて。『もっと 』」
コマンドが効きにくくとも、サブドロップ気味になれば抗えないのは同じだ。
滑稽に尻を突き出す。割れ目に卑しい肉棒が当たる。身を捩ろうにも、ハーネスが食い込んで痛むばかり。
サブは犯罪者の言いなりか? 法曹は夢のまた夢か? 「本当はどうなりたいの」?
(本当は、おれは、)
父親から自立を図った真王みたいに、自身を蝕む劣等感に打ち克ちたい。真王に相応しくありたい。
まだ、諦めない。
「おれを支配できると思うな。コマンドで従わせようと身体を犯そうと、心はてめえの思いどおりにはならねえ。他のサブへの仕打ちも、何年掛かろうと必ず償わせてやる」
自由にできる視線と声を使い、言い渡す。
同時に、ガシャン! と派手な音がした。施錠されているはずのシャッターが開く。
「夕夜さん無事かっ!?」
サブドロップの症状か、幻覚が見えた。
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