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第19話 判定クリアと、呪い
真王が一直線に走ってくる。眩い光で行く先を照らしながら。
千歳の手下が「んだテメェ!」と立ちはだかった。
だが、真王の幻はクラブで踊るかのごとくひょいひょい避け、夕夜のもとに辿り着く。
惨状に眉を吊り上げ、自分のコートをばさりと夕夜に着せかけた。そして挿入阻止のためか、千歳に謎の螺旋状の置物を突きつける。
「あんたが千歳か。粗チンだな、妬く必要もなかったわ」
いかにも真王な物言い。それに背中に触れたキャメルコートには、体温が残っている。
都合のいい幻じゃなく、本物の真王か?
ならば千歳に何をされるかわからない。
「ばか、首突っ込んで、くんな」
追い払うはずが、声は笑えるほど力がない。
本当は、助けにきてくれて嬉しいのだ。しかしこの期に及んで素直になれない。
「本人はこう言ってるけど。君はパートナーじゃないんだろう? 僕たちのプレイを邪魔しないでくれるかな。『下がれ 』」
それを千歳に利用された。
夕夜から千歳の表情は見えないが、ハーネスを引っ張られて首が締まる。真王にいらだったに違いない。
「え、この男とはプレイできんの……?」
みるみる真王が勢いをなくす。自信なさげな顔に、「俺よりこのドムがいい?」という問いが浮かぶ。
首を振って真王に縋るか、頷いて真王を守るか、一瞬迷った。その機に千歳が追撃する。
「そうー、三年間みっちりプレイした仲だ。相良のはじめては全部知ってる」
(嘘を、吐くな)
偽証を指摘したいのに、息が吸えない。
「って、締まってんし」
真王が気づいてくれた。素早く跪いて、光を――ゴールドのジッポの火を灯し、夕夜の首から腿まで走る革のハーネスを焼き切る。
真王と目が合う。
精一杯やった自分なら、真王の手を取れる。
真王といると自分を信じられる。自分の意思も、可能性も、ドムを見る目も。
咳き込むのをこらえ、口の形で「真王だけだ」と伝えた。
それをどう解釈したのか、
「最新の性感帯知ってる俺のが仲いーわ!」
真王が千歳にあさってな反論をした。夕夜は場違いにも泣き笑いみたいになる。
千歳に抱いていた理想は、泡と消えた。ただ、彼のおかげで真王の替えのきかなさがわかった。
真王の言うとおり、千歳は過去で、真王は未来だ。
一緒なら何でもできる気がする。這うように真王の胸に飛び込んだ。
(あったけえ)
「夕夜さんは、俺のパートナーになる人だ」
夕夜をしかと抱き留めた真王が、グレアを発する。
身体の芯が甘くとろけた。真王のグレアは強力でいて支配的でなく、心地いい。
夕夜も決別を以って千歳を見据える。
千歳の顔から笑顔が消え、かくんと座り込んだ。露出したままの陰茎からじわわと水分が漏れ、床に染みをつくる。
「ち、千歳サン……っ、」
手下たちも苦しげに呻く。運転手役のハズレドム始め、ドムで構成されているのが裏目に出た形だ。気味がいい。
「なんかあんたの睨みも効いてね?」
「おれといると真王の睨みが強くなんだろ」
「そうかも。や、絶対そうだわ」
真王は夕夜を腕に抱いて自信を取り戻したらしい。大仰な仕草で手を打つ。
「んじゃ、お迎えのクルマ来てっから」
それを合図に、警察官が踏み込んできた。
千歳の手下を次々パトカーに詰め込み、後輩のほか囚われていたサブを保護する。
みな助かった……?
ついさっきは独りで土壇場だったのが、大逆転だ。
物証も押収したりと騒がしい中、真王が手早く夕夜のハーネスを取り去ってくれる。
無言だしやや蒼褪めて見えるのは、コートを脱いで寒いせいか。だが夕夜の服はどさくさで千歳の手下に持ち去られてしまった。
真王はコートを返せとは言わない。むしろ比翼ボタンを首から膝まできっちり留めた上で、夕夜を強く抱き締めてきた。
とくん、と鼓動が早まる。
「はー、ぎりぎりでごめん。頑張ったな」
さっきとは違う涙まで出そうになった。
真王に労われると、自分を認められる。
夕夜も真王の広い背中に手を回し、彼を温めてやる。
「頑張ったのはてめえだろ。どうしてここがわかった?」
「えーと、守秘義務であんま言えないけど、誘拐なら羽田の貸倉庫が怪しいなって」
真王が目を彷徨わせた。
なるほど、仕事でサブから相談を受けた際に得た情報らしい。今回は警察とも協力したし、情報を使う正当な理由があったということにしよう。
真王はさらに、ゴールドのジッポを翳す。
「で、愛車ちゃん飛ばしてたら、これがヘッドライトに反射して倉庫特定できた。まあ夕夜さんの煙草の匂い辿ってもいけたけどな」
「犬か」
夕夜がいつものように毒吐いたためか、真王はやっと安堵の表情になった。
バンを下りた直後、何かの手がかりになればと、ジッポをポケットからわざと落としておいたのだ。
それを、真王が見つけてくれた。
今まででいちばん、運命を感じる。判定ポイント四に「ロマンチック」も加えよう。
指先しか出ないコートの袖で、真王の顎下を撫でる。
「恋人が裸でいたら自分のコートくれてやるのも『愛』だと、おれは思う」
「へっへへ――あ、なんかデジャヴかも。年末にコートなくしたとき、元カノがVIPルームで『おしりぺんぺんして』って脱いだような」
真王はくすぐったそうにしたかと思うと、よみがえってきた記憶を口にする。
振られた経緯が大体読めた。当時の彼女は真王に支配を求めたが、断られ、「愛されてる感じしない」と当てつけたわけだ。
「やば、俺ってロマンチックと程遠い?」
また真王の眉尻が下がる。何を言っているんだか。
坊っちゃんでドムで遊び人、裏腹に恋愛では尽くすタイプのくせに。
夕夜は妖艶に笑い、恋人の耳に吹き込む。
「他人のこと言えねえくらいロマンチックだよ。真王が、真王の愛し方が、好きだ。物足りなくなんかねえ。おれが求めてたやつだ」
「……っ俺も、夕夜さんの顔も身体も性格も、今も過去も未来も、全部好き」
まるごと肯定する言葉が返ってきて、夕夜は空も飛べそうに感じた。
危機に駆けつけ、初恋を上書きしてみせた真王は、判定全ポイントクリアだ。
靴もないので真王に横抱きしてもらって外へ出る。
グレアの影響でまだ呆然とした、千歳がいた。夕夜を見て、警察官の合間からぼそりとつぶやく。
「君は、決してドムを満たせないよ……」
刹那、身体が凍ったように錯覚する。
真王が睨むと千歳はパトカーに消えたが、呪いじみた言葉は夕夜の耳から消えなかった。
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