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第21話 ダイナミクスの相性
真王が魅惑的な声で、支配でなく解放のコマンドを発した。
瞬間、夕夜の中に火が灯る。
真王を気持ちよくさせたい、うまく夕夜を抱けたら褒めてやりたいという欲求が溢れる。その気どころか、一秒でも早くしたくて狂いそうだ。
プレイの最初のコマンドとしてしっくりくるのは、これだったのだ。
「どう? 俺のコマンドやっぱいまいち?」
衝動を抑える夕夜の顔を、真王が覗き込んでくる。
いつも以上に忠犬に見えて仕方ない。「褒めてやりたい」が夕夜の隠れた望みなら、そりゃあ頑張り屋で褒められたがりの真王に惹かれるわけだ。
泣き顔がそそるのも、慰めて癒してやりたくなるから。
答えに代えて、まっすぐ真王を見つめ、はじめてのコマンドを繰り出す。
「真王、『おれだけのサブになれ 』」
真王の動きが止まった。
喉仏が上下する。彼の脳内で数秒前の夕夜と同じ、かつ逆の現象が起きているに違いない。
もっとちょうだい、と顔に本能がくっきり浮かび上がる。
「『おすわり 』」
求めに応じてコマンドを重ねれば、真王が夕夜の足もとに片膝を突く。
坊っちゃんのエリートが、今は女王に傅く騎士さながらだ。
「ウッソだろ……」
本人は身体に理解が追いついていないのか、夕夜を見上げて驚愕している。
これで確定だ。夕夜はドムに、真王はサブに切り替わったのだ。
「嘘じゃねえ。『夕夜さんは俺のパートナーになる人だ』って、てめえが言ったんだろ」
夕夜は顔がほころぶのを止められない。
(パラメータ値が不安定、か)
スイッチはドム値もサブ値も高い。ふたりとも基準値ボーダーで見落とされたか、もしくは互いのコマンドでのみスイッチする――いつもと逆の値が優勢になるのか。
どちらにせよ、そんなふたりが出会うのは運命だ。スイッチできたことが、夕夜の運命判定の答え合わせにもなった。
「確かに言ったけど。はー、支配に気が乗んないの、父さんの件もあるけど、スイッチだったからか。グレアに弱いのとか、改めて考えると思い当たるわ」
実感が湧いてきたらしい真王が、しみじみ言う。
「おれも、サブスペースに入ったことねえのも、自分で軽くケアできたのも、スイッチだったからなら説明がつく。どのドムも『ハズレ』にしか感じねえのもな」
「最後のは夕夜さんの好みじゃね?」
「あ?」
「つまり俺たち、すごく相性いーってこと」
軽口を交わして笑い合う。
プレイがうまくいかないのは性格のせいと思って、このコマンドを試さずにいたのもあるが、他のドムとなら試す気も起きなかった。スイッチしてドム同士になったとて、プレイできない。
でも、真王のことは何とか満たしてやりたかった。
「失敗したプレイは、真王になら従いてえと思えるはず、気持ちよくならねえとって、視野が狭くなってた。本当は褒めてやりたかったからうまくいかなかったに過ぎねえ」
「うん。逆転勝訴って感じだな。俺も、『ドムならちょろいでしょ』じゃなくて、褒められたいよ」
やはり、第一印象は当たっていた。
真王は身体も、心も、ダイナミクスもしっくりくる。自然に手が伸び、真王の髪を撫でた。
「『いい子だ 』。支配しなくても伝わるだろ」
「それ俺専用の褒め言葉? 気持ちいいわ」
真王も頭をぐりぐり擦りつけてくる。
「サブの素質あんな」
「あんたにだけだよ、女王サマ。他のドム相手じゃスイッチ自体しない」
「はっ。そうじゃなきゃ困る」
両方のダイナミクスを満たせるのも、恋愛の悩みを解消できるのも、お互いだけだ。
原初的欲求は、ふたりにとっては、支配被支配でなく、愛し愛されるが強い。
夕夜は真王と愛し合うため「サブじゃなければ」「ふつうのサブなら」という二重の劣等感をはね返そうとしたから、変われた。
真王もきっと、夕夜と愛し合うために頑張り、自身を諦めずに信じたから、変われた。
「てめえの愛はでか過ぎて、スイッチでもなきゃ全貌が見えねえし感じ取れもしねえんだ。おれが全部受け止めてやるよ」
誇らしく笑う。真王の愛し方を行動でも肯定できると思うと、腕が鳴った。「好き」の一言ではとても足りず、もどかしかったのだ。
真王の顔に、希望が射す。
と思いきや、ふらりと夕夜の脚に凭れ掛かってきた。
「おい。サブドロップじゃねえだろうな」
夕夜は慌てて真王の頭を掻き抱いた。そう言えば千歳と対決した後、顔色が悪かった。
「や、うん。夕夜さんがケアしてくれたら治るよ。セックスもしてくれたらもっといい」
当の真王は、ちゃっかり上目遣いする。
「人生の半分サブのおれよりねだり上手か」
実際、不調は軽いようだ。
明日は休みだし、乗ろう。夕夜を助けてくれた礼、諦めないでくれた礼も兼ねて、ご褒美を与えたい。
「いいだろう。セーフワードはどうする」
「んー、『訴える』でよろしく」
真王が期待いっぱいの顔で、物騒な単語を指定する。プレイがいまいちでもドムを裁く法はないぞ、と無粋は言わない。
いまいちじゃないプレイは、と思案する。
――ちょうどいいのがある。
「チョコファウンテンの材料、『持ってき な』。用意してんだろ」
「そりゃしてるし、今日は夕飯食い損ねたけどさ……」
夕夜の指示に、真王は食欲優先で性欲はお預けと早とちりしたのか、しおれ気味で玄関を出ていく。
夕夜はその間に、服を少し細工した。
ややもせず、「真王セレクション」だろう製菓用チョコレートや生クリームなどを手に、真王がベランダを渡ってくる。「助かる」と顎下を撫でてやる。
「何かいやな予感するわ」
「えろい予感の間違いじゃねえか」
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