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第2話
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「誰か、図書委員やってくれる人ー!」
図書という言葉にビクッと蓮の肩が揺れる。
黒板には各委員会と委員になった生徒の名前が書いてあり、図書委員のところだけが空欄になっていた。それを見て蓮は今がホームルームだったことを思い出す。
「図書委員か…」
昨日の図書室で会った相神とのやり取りを思い出し、本日二度目の嘆息を漏らした。
もうあの人には会いませんように。
そう心の中で祈る。
誰かいませんか? といまだ決まらないのか、委員長が声を上げている。昨日のことを考えるとあまり気乗りしないが、本は好きだし、委員になったからといって相神に会うわけでもないし、と考え蓮は手を上げた。
「僕、やります」
その日の放課後、早速委員会があるということで蓮は図書室へと向かった。
「あら? 昨日の…」
図書室の扉に手をかけたところで声をかけられる。そちらに視線を向けると昨日の少女が立っていた。
「あなたも図書委員なのね。私は五組の藤川(ふじかわ)梨那(りな)。昨日は本当にごめんなさい。相神って口悪くって…でも中身はいい奴だから」
「三組のジュール蓮です。昨日のことは藤川さんの所為じゃないし、気にしないで下さい」
蓮は扉を開き、梨那に先にどうぞと勧める。
「ありがとう、蓮君」
図書室に入ると何人か既に生徒がいて、チラチラと此方を見てくる。蓮は何時ものことだと諦め、空いている席を探す。
昨日は相神のことで余裕がなかったが、梨那も同じ赤色のネクタイをしていることに気づいた。
「同じ一年生だったんですね」
「え? あ、うん」
空いた席に並んで着き、ネクタイを指差すと梨那が納得したように頷く。
「あの人とあんなやり取りしてたんで、先輩かと思ってました」
昨日の梨那はあんな不遜な態度と取る先輩に対して怯えることなく、寧ろ軽くあしらっているようにすら見えた。
「あはは、そうよね。幼馴染なの。もう腐れ縁って感じ。本当に昔っからあんな感じで…そういえば蓮君ってどうして敬語なの?」
蓮のその口調が気になっていたようで、梨那は首を傾げながら聞いてくる。
「僕、父親がイギリスで母親が日本とフランスのハーフなんですよ。こんな外見だし…日本人の要素が少ないからせめて言葉だけでもって思って」
初対面でこんなにいろんなことを聞かれるのは珍しいなと思いながらも、蓮は少し嬉しく感じ、照れたように答えた。
「そうなんだ。蓮君は偉いね」
その言葉に蓮はそんなこと、と謙遜しながらも更に照れてしまう。
「モテるでしょ」
思わぬ言葉に苦笑しながら返す。
「告白はそれなりにされるんですけど…結局この外見が珍しかったり、付き合うと箔がつくからって理由みたいで。僕は、僕自身を好きなってくれる人がいいんです」
「そうなんだ…」
「蓮っ」
そう名前を呼ばれたかと思うと、急に後ろから押されるような衝撃が走り、勢いそのままに抱きつかれ、蓮は耐え切れず机に額をぶつけた。
「ナーツーっ」
自分に対して行き成りこんなことをする人物は一人しかいない、と蓮はその人物に怒りの声を上げた。
「何だよ、蓮。お前も図書委員なんて、そんなに俺に会いたかったのかよ」
そう言いながら頬擦りしてくるナツの顔をグッと押しやる。
「ただでさえ見飽きてるのに、そんなわけないでしょ」
蓮は慣れた口調で突き放すように言葉を吐く。冷たいなぁ、と言いながらもナツは蓮の隣に座り、懲りずに再び抱きついた。
「蓮君?」
梨那が突然の出来事に二人の様子を見て不思議そうに首を傾げている。
「あ、驚かせてごめんなさい。彼は兎川ナツといって、僕の幼馴染です」
蓮は慌てて梨那の方へとナツを向かせ、紹介すると強引に頭を下げさせた。
「初めまして。一応三年生でぇす」
蓮のぞんざいな扱いも気にすることなく、緩く結ばれている緑色のネクタイをユラユラと揺らし、ナツがよろしくと挨拶をする。
「ナツ、彼女は同じ一年の藤川梨那さん」
ナツに紹介すると、梨那は初めましてと頭を下げた。
「蓮君もだけど、ナツ先輩もカッコイイですね」
「そうでしょ、そうでしょ。でも蓮はカッコイイってより可愛いんだよ。ホント小さい時から可愛くて可愛くて」
ナツが抱きしめたまま頭を撫でてくる。
「ちょ、もう、ナツ止めて下さい」
どうにかナツを離そうとするがなかなか離れず、その様子を見ていた梨那がくすりと笑う。
「はい、委員会始めるよ。兎川君、静かに」
注意を受けそちらを向くと何時の間にか先生が立っていた。もう委員会が始まるのか、と席に着いたメンバーを見渡す。その中に相神の姿はなく、蓮は内心ホッと息を吐いた。
「図書委員会担当の藤川護(まもる)です。今日は委員長と副委員長を決めて、その後これから皆が担当する曜日を決めるから。じゃあサクサクっと決めるよ。はい、ボスになりたい人!」
端的に内容を話し終えると、質問する間も無く藤川は委員長を決め始める。これで決まるのだろうか、と心配してしまうほどの軽いノリに蓮が唖然としていると、はいっ、と積極的な声が室内に響いた。
「はい、じゃあ兎川君に決定」
「ナツ!?」
よく知る名前に驚きつつ隣を見ると、ナツがやったぁと嬉しそうに笑顔を見せていた。
「じゃ、委員長権限で副委員長は蓮に決定っ」
満面の笑みを浮かべ、目をキラキラと輝かせながらナツが蓮の頬を突っつく。
「え、嫌ですよ」
その指をパシッと払いながら蓮は答えた。
「なんだよぉ。副委員長になればもっと一緒にいられんじゃん」
「だから、一緒にいなくていいですって」
しつこいですよ、とナツを体ごと押しやる。
「兎川君振られちゃったね。でも、せめて二年生にしないと」
藤川が、残念だったね、と言いながら同情するように首を軽く振る。委員長権限云々はどうでもいいのか、と思わず突っ込みそうになったが、この二人は同種のような気がして、蓮は早々に突っ込むのを諦めた。
「ちぇっ」
隣で何かグチグチと言い始めたナツに、蓮は思わず嘆息を漏らす。
「兎川君三年生だから後半は受験でしょ。二年生に仕事覚えてもらわなきゃいけないし。去年もそうだったでしょ」
急に藤川は真面目な顔になり、諭すようにナツを説得し始めた。まるで小学生でも相手しているような、そんな藤川の接し方に、蓮は思わず同情してしまう。
「あ」
ふと思い出したように声を上げると、藤川は奥へと入って行った。その向かった先はソファが置いてある場所で、昨日会った相神の顔が頭に浮かび、蓮は嫌なことを思い出してしまったと苦い顔をする。
「蓮君、今、昨日のこと思い出したでしょ」
梨那が覗き込むように窺ってきた。蓮はそれに、あはは、と苦笑しながら返す。
「何さ。二人とも何かこそこそズルイ」
その蓮と梨那の様子を見てナツが拗ねたように呟いた。そんなナツを、何もないですよ、蓮は宥める。
「痛っ! テメェ何すんだっ」
暫くすると奥から大きな声がする。なんとなく聞いたことのあるような声だったが、昨日入学したばかりの蓮に早々知り合いがいるはずもなく、気のせいだろう、とそこで思い返すのをやめた。
「離せっつってんだろっ」
「先生にそんな口利いちゃ駄目だよ」
藤川に耳を引っ張られながら、暴言の主が姿を現す。
「げっ」
耳を引っ張られている姿は少々情けない格好ではあるが、その鋭い眼は紛れもなく昨日会った相神。その眼で藤川を睨みつけている。
「副委員長は相神尋(ひろ)君に決定ぇ」
言いながら藤川は相神の肩を押し、強引にナツの隣に座らせた。
「はぁ!? ふざけんなっ! なんで俺が、んなことしなきゃなんねぇんだよっ」
相神の態度の悪さは有名なのか、相神が座った瞬間その席の近くにいた二・三年生はすっと別の席へと避難し、一年生は関わらないように顔を逸らしている。蓮も昨日の今日で相神に対していい顔が出来るはずもなく、出来るだけ離れようと考えるが、ここで動いたら気持ちが負けているみたいで癪だと思い止まった。梨那は幼馴染だけあって、慣れた様子で相神を見ている。
「相神君、去年も委員だったしいいじゃん」
「尋なら俺も賛成ぇ」
はいはーい、とナツが手を上げながら賛成を示す。どうやらナツは相神の態度の悪さなど気にもしていないらしい。寧ろ相神を気に入っているようにさえ見える。
「テメェ気安く名前呼ぶんじゃねぇっつってんだろっ」
相神がバンッと立ち上がりナツの胸倉を掴み睨みつけた。相神はナツに対しても変わらない態度で、それを見た蓮はナツが一方的に構っているのか、と納得する。
「ちょ、止めて下さいっ」
だがその様子を楽観してもいられず、焦って間に割って入ると、相神はキッと蓮を睨んだ。
「んでまたテメェがいんだよっ」
割って入った相手の顔を確認し、相神の眼光が更に鋭くなる。昨日のことを覚えていたのだろう。その瞳に威圧感が増した。
「僕だって出来ればあなたなんかには二度と会おうと思いませんでしたし、会いたくありませんでしたよ」
だが、何故か相神に対してだけは負けん気が出てしまう蓮はまたも強い口調で返した。普段はここまで躍起になることはない。いつもは波風立たないように穏便に済ませている。幼い頃からの癖で、そういうことばかり得意になっていた。
「んだと、コラァっ」
相神が掴んでいたナツの胸倉を放し、蓮に詰め寄る。じりじりと詰め寄る相神に負けじと、蓮もどんと構えた。
「何? 二人とも知り合い? てか相神、蓮は俺のだからなっ」
そう言いながら、ナツは相神の前から奪い取るように蓮を抱きしめた。
「はぁ? ナツ、何また変なこと言ってるんですか!」
蓮が止めて下さいよ、と言いながら押しやるが、ナツもなかなか離れようとしない。こんなところを相神に見られたらまたバカにされてしまう。焦りつつ視線だけで相神を見遣ると、相神はくだらない、と呆れたように腕を組んでいた。
「誰がこんなひよこ豆みたいな奴欲しがるかよ」
相神の言葉にいちいち反応してしまう。
「誰がひよこ豆ですか! 誰がっ! それなら相神はヒョロヒョロ細長いゴボウじゃないですかっ」
「ゴ…っ」
「あははははははっ! ゴ、ゴボウって…あはは、マジ、蓮、最高! 尋がゴボウっ」
「兎川テメェ…ブッ飛ばすぞ! チビ豆っお前もだ!」
「だからチビでも豆でもないです! あぁそうか、毎日寝てばっかりで脳細胞萎縮してきてるんですね。お気の毒に!」
「何だと?」
「そうだぞ! 蓮はチビじゃなくて小さいだけだ! そして可愛いっ」
「ナツ…僕は小さくありません! ちゃんと一六〇はあります!」
「はっ」
「ちょ、そこのゴボウさん、今、鼻で笑ったでしょ」
「ゴボウじゃねぇっ」
「ゴボウ…あはははっはは」
周囲のことも、今が何の時間なのかも忘れて三人は言い合いを続けた。一人が言葉を発せば誰かが反発し、誰かが反発すればまた誰かが突っかかる。周囲のことなど目もくれず、延々とそれを繰り返していた。
「あらら、なんだか仲良しさんだね」
三人の言い合いを楽観的に藤川は眺めていた。教師という立場上、喧嘩は止めるのが道理であるが、手が出たわけでもないのでどうしたものかと頭を捻らせる。
「どうしよう、お兄ちゃん」
「こら、梨那。学校では先生って呼びなさい」
藤川にスッと近づき、梨那が隣並ぶ。二人は叔父と姪の関係で、気心の知れた仲だ。
「ごめんなさい、先生。でも…本当、相神とこんなに話す人なかなかいないし。これ止めた方がいいのかな?」
梨那は三人の様子をじっと眺めながら、これだけハッキリとものを言い合えるのは相神にとっていいことのようにも思え、止めるに止められないでいた。
「いや、言い合いの度に話し中断してたら先に進まないし。委員長は兎川ナツ、副委員長は相
神尋で決まり。あと曜日別の貸し出し担当決めるけど…折角だから騒いだ罰ということにして、一番大変な月曜日をこの三人にしてもらおう」
一頻り思案したあと、藤川は思いついたように口を開く。どうせ思いつきでモノを言っているのだと分かっていたが、梨那も敢えて止めはしなかった。
「はい、他の曜日担当決めたら今日の委員会は終わりだよ」
いまだ言い合いを続けている三人をそのままに、藤川はサクサクっと担当を決めていく。三人の言い合いさえ気にしなければ、滞りなく委員会は進んでいった。
「はい、三人ともそこまで。委員会終わったよ」
そう藤川が割って入ったところで漸く三人は周りに目を向けた。本当に委員会は終了したようで、藤川と梨那以外の生徒は誰一人いない。
「三人とも、月曜日の担当に決まったから。じゃ」
そう言葉を残して、藤川は手をヒラヒラと振り、図書室を出て行く。
「は?」
藤川の言葉に、三人は思わず呆気に取られる。暫くの逡巡後、漸く意味を理解し、慌てて藤川の後を追って異議を申し立てた。とてもじゃないが、こんな奴と一緒は無理だ。蓮と相神、双方がそう訴えた。ナツだけは一番大変な曜日を押し付けられたことに不満を漏らす。しかしその異議申し立てが通るはずもなく、あっさりと却下されてしまった。
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