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第11話

11  また一つの季節が終わり暦の上では秋を迎えた。その頃には三人の関係も、まるで春先の、出会った頃のように戻っていた。  学校の先輩、後輩。  そして幼馴染。 「あれ、相神先輩一人ですか?」 「一人で悪いか。俺はお前と違って忙しいんだよ。兎川なら進路相談とかで藤川のところだ」  前と変わらない口調。変わらない態度。 「そうですか…相変わらず物言いが高慢ですね」 「他が完璧だから少しくらい難があった方がいいんだよ。無駄口叩いてないでさっさと仕事しろ」  口を開けば言い合いで、それでも蓮は、この今の関係が自然に思えた。この関係が自分達には一番いいのだと。  あの腕に抱かれたことも、あの唇で好きだと言われたことも…確かに傷ついたこともあったが、一時は愛してもらえたのだと幸せに感じることもある。きっとあれは儚い夢で、優しくて冷たい幻だったのだろう。  相神にはあの日以来想いは告げていない。ナツには相神に振られたとだけ話し、ナツもそれ以上何も聞いては来なかった。ナツもあの日以来、好きだと口にしなくなっていた。そうして少しずつ今の関係へと形を変えていった。昔に戻ったようで、戻りきれていない関係。  蓮は仕事をしようとカウンターに入るが、珍しく生徒は疎らで、貸し出しも返却も殆どいない。暇を持て余すように本を読んでいると、一人の女子生徒が声をかけてきた。ネクタイの色を見る限り三年生のようだが、会ったこともなければ話したことも記憶にない人だった。 「あの、私、三年の香川(かがわ)って言います。前、兎川君が持ってた本を渡してくれたこと、覚えてる?」  そう言われて蓮は、なんとか思い出そうとするが、あまりにも似た出来事が多く、彼女には申し訳ないが、その都度相手が誰だったかなんて覚えていない。しかし、覚えていない、とは言えず、えっと、と曖昧な言葉を返した。 「ずっとジュール君のことが好きで…良かったら私と付き合ってくれない?」  そう告白してきた彼女は蓮よりも十センチ以上も背が低く、くりくりとした目に長い髪を緩く巻いていて、可愛らしく頬を赤く染めている。  人前で告白してくるくらいだから、自分の容姿に対してそれなりに自信があるのだろう。蓮はチラリと相神に視線を遣るが、特にこちらを見ている様子はなく、本当に興味すら持たれていないのだと少し残念に思う。  どんなに関係が変わっても蓮の中の相神への想いは変わらなかった。時間が経てば忘れられると思っていた想いは全く薄れることなんてなかった。ただ口に出来ない分、その想いが大きなものに感じる。 「あの、場所を変えませんか? ここだとその…」  人目もあるこの場所で返事をするのは彼女に可哀相な気がして、相神へ声をかけ図書室をあとにした。女子生徒を促し、人気の少ない屋上へと向かう。 「ジュール君…」 「ちょっとっ」  屋上に着くや否や、我慢出来ないとばかりに抱きつかれ、蓮は慌てて体を離す。 「私じゃ駄目?」  上目遣いで首を傾げる様は確かに可愛いが、彼女を好きなるかと聞かれれば――無理だ。  もし好きになれたとしても、きっと相神以上に彼女を好きになることは出来ない。相手のことを知っている、いないに限らず、本能的に相神以上に好きになれないと感じた。  まだこんなに相神のことを忘れられないのに、好きなれるはずがない。 「ごめんなさい……好きな人が、いるんです」  蓮はハッキリと自分の想いを答えた。 「…じゃあ」  蓮が図書室に戻ると先刻とは打って変わって、生徒が一気に増えていた。  進路指導から戻ったナツのお陰で何とか貸し借りはスムーズに出来ているが、しかし二人ではそれが手一杯で、返却された本が山積みのままになっている。 「あ、すみませんっ」 「トロトロしてんじゃねぇよ。さっさと働け」  慌ててカウンターに入り返却された本のチェックを行う。バタバタと慌ただしいまま昼休みは終わり、結局返却された本は山のように残った。残りを放課後に回し、教室に戻るとクラスメイトがチラリと蓮を見てはこそこそと話している。噂されるのは慣れているからと、この時蓮は特に気にも留めていなかった。  放課後になり、残りの本を片付けようとしていると、バタバタと大きな足音を立て、梨那とナツが図書室へと入ってきた。 「蓮! 彼女出来たって本当!?」 「蓮君、女の子とキスしたってホント!?」  二人は蓮の姿を確認すると、勢いよくカウンターに駆け寄り、慌しく口を開く。 「なっ! そ、そんな! どこから聞いたんですか!?」  驚きのあまり否定することも忘れ、噂の出所を探るように問い返した。 「どこも何も、休憩時間の度あちこちで噂されてるわよ」 「そうそう。俺もクラスの女子が話してるの聞いたし」  昼休み終わりにクラスメイトが何か噂していると思ったが、このことだったのかと思い出す。  既に学校中に知られているのだと思うと、羞恥心から顔が赤くなった。  話をしている途中で珍しく遅れた相神がタイミング悪く図書室へと入ってくる。 「へぇ…お前やっと彼女出来たのか。よかったな」  相神の言葉が棘のように胸に刺さり、ズキズキと痛み始めた。  ああ、相神にだけは言われたくなかった…。  気にも留めていないというように、平素と変わらない動作でカウンター内に入ってくると受付の準備を始める。その何気ない言動に、やはり自分の気持ちは信じてもらえてないのだと思い知らされた。 「告白はされましたけど、きちんとお断りしました」  今更何を言っても無駄だろう。こういった噂で余計相手を信じられなくなってしまうことは、自分がよく分かっている。実際、ナツの噂を聞く度、誰でもいいんだと蓮自身が思っていた。  あの子とはなんでもないと言われる度、何もないのに噂が立つはずがない。やっぱり自分に言った『好き』はその程度なのだと。  きっと、そんなことの繰り返しで、ナツに対して蓮の中に僅かに芽生え始めていた淡い恋心は、そのまま育つことなく枯れてしまったのだろう。 「でも、諦めるからキスして欲しいって言われて…」  誰に話すわけでもなく、一人呟く。  せめて自分の口から真実を話したかった。  必死に弁解したところで、相神が信じようとしなければ意味がない。でも心のどこか奥の方では信じて欲しくて。  周りの空気だけがただ重たくなったように感じ、蓮は空しさに口を閉じた。何を言っても無駄だと思い知らされるようで、虚無感だけが増す。 「ああ、もうっ! いい加減にしてよねっ!」  その重たい空気を跳ね除けるように梨那が声を張り上げた。 「春先からネチネチ、ダラダラと…見てるこっちがイライラすんのよ! 男でしょっ」  ビシッと相神を指差し、梨那が荒く息を吐く。そんな梨那に蓮とナツが呆気に取られていると、当の相神は無言のまま図書室を出て行った。 「え、先輩!?」  何がなんだか分からない状況に、蓮は残った二人に目を遣った。二人ともニヤニヤとした笑みを浮かべている。 「アイツだって、蓮のこと好きなんだよ」 「本当、素直じゃないのよね」  二人の言葉に蓮は苦笑を漏らした。 「本当ですよね……でも先輩、僕の好きは信じられないそうです」  互いの気持ちが分かっていても、信じる気持ちと踏み出す勇気が足りなくて、最後の壁を越えることすら出来ない。どうすればこの壁を越えて相神の心に届くだろうかと幾度も考えた。でも、分からない。ただ、気持ちを伝え続けることしか出来なくて。この枯れない気持ちを相神に分かって欲しくて。 「なら、アイツが信じるまで言い続けろよ。お前は俺とは違うんだから、な」  そう言って笑うナツの表情が蓮は堪らなかった。間接的ではあったがナツの気持ちを知ったからこそ、余計にそれがどれほど言い辛く、勇気がいる言葉だったか分かる。 「ナツ…ごめんなさい。ナツの気持ち、信じてあげられなくて、ごめんなさい」 「俺の方こそ、ごめん…蓮の気持ち分かってたのに、相神に取られるのが悔しくて……ずっと好きだった。本気で蓮のこと、好きだった。これは本当の本当だから」  きちんとナツへの気持ちにハッキリと蹴りを付けて、もう一度相神と向き合いたい。  何もなかったことにするにはあまりにも気持ちが育ち過ぎていた。  もう一度、きちんと相神に気持ちを伝えたい。 「ごめんなさい…でも、こんな僕を好きになってくれて、ありがとう」  ナツに甘えてばかりだった自分。  こんな自分を好きになってくれたナツ。  蓮の口からは感謝と謝罪の言葉しか出なかった。

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