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第8話

 仕事から帰るとルカのマンションに人だかりができており、パトカーと救急車も来ているようだった。顔見知りの住人がいて何事なのか訪ねた。 「私たちと同じ階の片桐さん!部屋のベランダから落ちたんですって!」 「え?」 「自殺かもしれないって……十階からですものねえ、即死だったみたい」 咄嗟にノエルの顔が浮かび慌てて部屋に戻る。 「どうしたの、ルカ?そんなに慌てて」 「あの片桐って男……今日も来たのか?」 「うん、来たよ」 「来たって……さっきあいつ、死んだんだぞ!」 「僕がね、お願いしたんだ。僕のために死んでって」 そう言って美しくも不気味な笑みを浮かべる。 (だからって本当に死ぬか……?!) 「天罰……ルカの悪口を言ったから天罰が(くだ)ったんだ」 天罰──マナトが死んだ時も口にしていた。 「この前から、なんだよその天罰って!」 「天罰は天罰だよ。今日はね、頑張ってご飯作ったんだ」  人ひとり死んだというのに、しかも見知った顔の人物なのに、なんて事ないように言っているノエルが不気味で仕方がなかった。自分のために死ね、と言われ本当に自ら命を絶った片桐。  やはり、ノエルの美しさは人を狂わせるのだとルカは確信した。  更に──、ルカは瀕死の黒い仔猫を拾ってしまった。長時間雨に打たれ、ぐっしょりと濡れそぼった仔猫は手の平ほどの大きさだった。もうダメだろう。ぐったりとし、すでに呼吸も浅くなっている。病院とも思ったが、こんな夜中にやっている病院など近所にはなかった。特別猫が好きとまではなかったが、放って置けるほど非人情的な人間でもない。せめて最期を看取ってやろうと家に連れ帰った。意外にノエルが子猫を酷く心配し付きっきりで看病した。 「もうその仔猫はダメだ。もうすぐ死ぬ」 「じゃあ、なんで連れて帰って来たの?助けるためじゃないの?」 小さな籠にタオルに包まった仔猫を見つめながら、ノエルは声を震わせている。 「せめて、最期を看取ってやろうと思ったんだ。その辺で野垂れ死ぬのはさすがに可哀想だと思ったから」 ノエルの瞳からポタポタと涙が溢れている。初めてノエルが泣いた事に驚く。人間が死んでも興味を示さないのに、野良猫が死のうとしている事には涙を流すのか──、ノエルのそのチグハグな感情にルカの脳が追いつかない。 「ノエル……あまり構うな。情が移って辛いだけだ」  そして、とうとう仔猫の呼吸が止まった。最期は苦しまずに逝ったのがせめてもの救いだろう。 ノエルは息を引き取った仔猫を両手で抱き上げ、優しく包み込むと仔猫にそっと息を吹きかけた。まるで自分の生命を分け与えているように。 次の瞬間──、 「にゃあ……」 仔猫の微かな鳴き声が聞こえた気がした。空耳かと思ったがノエルが抱いている仔猫を覗き込むと、仔猫がこちらを見て「にゃー」と弱々しいながらにも再び鳴いたのだ。 「生き返った……」 確かに死んだと思ったのに──ノエルが息を吹きかけた瞬間、仔猫が生き返ったように見えた。 「良かった……」 ノエルはそう言って仔猫に頬づりをした。

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