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第4話 犬塚神社

 古い神社がある。いにしえの、国の始まりに関わって来た神社らしい。犬塚神社。  九十九里の海岸から少し内陸に入った平地の、そこだけ深い森の中にその神社はあった。  代々宮司だけに言い伝えられ、護られて来た巫女がいた。誰も巫女がいつ生まれたのか知るものはいない。その親を知らない。  いつも神社にいたのだ。変わらぬ美しさで何十年も、そのままで。  村の年寄りたちが生まれた頃、もう既に巫女はいた。  神社の宮司は代々受け継がれて来たが、玉梓はいつも同じような年頃のまま、存在していた。  神社の言い伝えで、どの時代の宮司も玉梓を守ってきた。宮司も子から孫へと血脈を繋いで来たから、これは門外不出の秘密として伝えられたらしい。  秘密であって秘密でない。村の長老も何故か、疑問を持たなかった。地域をあげて玉梓を守って来たようだ。  その誰もが知っている秘密を、よそに口外する者がいると、地震、津波や洪水、決まって村に災厄が起こったと伝えられている。 「でも、私覚えてないの。 ほとんど忘れてしまった。」  犬塚神社には驚く秘密が随所に隠されていた。 曲亭馬琴が旅の途中でこの九十九里に立ち寄って、玉梓を後の執筆のモデルにした、と国文学者の説もある。  ある時、宮司夫妻に授かった赤ん坊の世話をしていた玉梓に心境の変化が訪れた。  鍾馗と名付けられた赤ん坊の世話をするのは楽しかった。いつしか玉梓と同じ年頃になってしまった鍾馗。少年から大人になりかかる頃だった。 「玉梓、どうしていっしょに入らなくなったの?」 「もう、一緒にお風呂に入ってはいけないの。」 玉梓は鍾馗の逸物が固く大きくなっているのを見てそう言った。 「玉梓、これはいけない事なのか? 私は姉のように慕っていた玉梓に、なんだか違う気持ちになった。 玉梓を抱きたい。嫁になってくれ。」  鍾馗の父宮司は激怒して、遠くの親戚に養子に出してしまった。 「玉梓は人間では無い。息子と結婚なんてさせるわけにはいかない。あんたは御神体なんだ。 生き神様だ。わきまえてもらいたい。」  年に一度、正月に神社の奉納御神楽舞(ほうのうみかぐらまい)を踊ることが楽しみになった。その日は養子に入った遠くの神社から、鍾馗が挨拶に帰ってくるのだ。  玉梓の美しい舞を、村人もみんな心待ちにしてくれた。この神社の伝説のようになった。 (私は鍾馗を愛してる。いつかきっと結ばれる、と信じて生きよう。)  年に一度帰って来る鍾馗も、やがて嫁を娶り、子をなし、年老いて死んだ。  先代の宮司も死んだ。その後も生き続ける玉梓。これほどの責苦があるだろうか。しかも、だれもが、玉梓の存在を疑問に思わず受け入れる。  いつになったら玉梓の人生は終わるのか。  その玉梓は現代も生きている。そして鍾馗と巡り合うが、それは昔の鍾馗ではない。何度も生まれ変わって、しかし、いつも玉梓のそばに生まれる。何かの因縁か。宿命か。  現代の鍾馗が そのことを知る由もなかった。 玉梓も記憶には残っていない。

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