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第11話 遭難、そして誕生
いろいろな事を諦めて、それでも玉梓とブライアンは幸せそうだった。
そしてついに玉梓が受胎、妊娠したのだ。二人は幸せの絶頂だった。しかし、絶頂という事は後は下り坂なのかも知れない。二人に暗い影が差し始めた。
ブライアンは一度アメリカに帰って両親を連れて来る事にした。妊娠中でしかもパスポートも持てない玉梓のためにブライアンが考えた。
「ダディとマミィにも日本を見せてあげたいし、ね。」
ブライアンは元気よく機上の人となった。
それが、ブライアンを見る最後になるとは。
やはりここにも『神』はいない。
ブライアンの乗った日航機ロスアンゼルス行き直行便が消息を絶ったのだ。
懸命の捜索にも関わらず依然行方不明の日航機。乗員乗客共に生存は絶望的、と報道されていた。
一日、二日、三日、一週間、日々は虚しく過ぎていく。機体も何も見つからない。
「『神隠し』という事だ。」
伊邪那宮司は言った。
行方不明から四十九日が過ぎていた。
「父さん、あの『裏の石の橋』の奥に探しに行ってはいけませんか?」
鍾馗は思いついた事を口走った。
「いかん、時が来るまで誰も渡れぬ。
無理にでも行けば二度と帰らぬはずじゃ。」
父の剣幕に鍾馗は黙り込んだ。
周りの心配をよそに
玉梓のお腹は大きくなり、玉梓も益々美しく、艶やかになっていった。
そして月満ちて元気な男の赤ん坊を生み落とした。出産は思いの外、安産で母子共に健康であった。
子供は金髪碧眼、ブライアンに生き写しだった。
ブライアンの行方不明に悲しみをあらわにしていた玉梓は子を産んだ事で元気を取り戻し、その美しさは光り輝くようだった。
「悲しんではいられません。この子を守り育てなければ。
この子の名前は五月雨(さみだれ)。
ブライアンが夢枕に立ってそう言いました。
サミダレ・メイストーム、と。」
サミダレの名は学生時代、鍾馗がブライアン・
メイストームを漢字で『無頼庵・五月雨』と書いたことに由来する。五月雨はメイストームの意訳のつもりだ。
当時、ブライアンはとても気に入ってくれた。
今、鍾馗は赤ん坊の名付け親になったようで誇らしかった。
玉梓も生まれた子も鍾馗の母の実家に養子のような形で入って、八岐姓になった。
戸籍のどこにもブライアンの名はない。
1980年のことであった。
ここを『特異点』として玉梓が、また年を重ね始めた事に気づく者はいなかった。
伊邪那から鍾馗へ血脈は続く。
鍾馗はしばらく神職に打ち込んで、父の跡を継いだ。裏の石の橋の事は胸にしまって忘れるように努めた。恐ろしい秘密を保持する『業』は自分一人でいい。
鍾馗は一生妻帯しないで、玉梓親子を守ろうと心に誓った。
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