13 / 83
第13話 犬塚神社
九十九里、白浜海岸。
風光明媚なはずのこの町は、今や空き家と老人しかいない限界集落の体だ。
長く連なる九十九里有料道路の高い壁。海に出る道はほとんど塞がれた。平地である住宅地からは海は全く見えない。
海鳴りの音だけが海の存在を教える。道路わきのドブ川は蓋もないのでひどく臭う。
ビーチロードの名が付いた幹線道路沿いに、臭いドブ川が続いていて、夏は歩くのもツラい。
海を求めてやって来る観光客も、この町は通過するだけ。
昔は賑わっていたのか、廃業した民宿や、廃屋を晒す元土産物屋が目に付く。後継者もいないのだろう、朽ち果てるに任せているようだ。
ここは本屋もない、ゲームセンターもない、ファミレスもない。ビーチロードとは名ばかりのうらぶれた地域。
海抜の低い平地を田んぼの方に500メートルほど入った所に古い神社がある。
神社を囲むようにそこだけに森がある。
どこに行く宛もない年寄りたちが、散歩がてら神社の境内に集まって来る。
ここにしかゆっくり座れるベンチがないのだ。
「なんか、今日は人の出入りが多いな。」
近くに住んでいる啓ちゃんが言う。78才、老人という自覚はない。
「変わり者の宮司がまた何かやるんだろう。」
「あの、でっかい鍾馗様か?
なんか音楽やるのか?
あんまりうるさくないやつがいいがな。」
ヤマちゃんとカトちゃんが言った。二人は80才を越えている。
続々と集まって来る若い奴らを見て
「こんなに若い奴、この辺にいたかな?」
「アタシの孫がDJってのをやるんだよ。
ラップってわかるか?」
咲耶ばあちゃんが言った。ばあちゃんは68才、年寄りの中では若手だ。
「啓ちゃんも昔はバンドとかやってたんだろ。」
「俺はもっぱら、ハードロックだ。
ツェッペリンとか、ピンク・フロイドとか、
ファンクも好きだ。また、爆音でヤリテェな。」
啓ちゃんに応えて、カトちゃんが言う。
「ワシはやっぱり、昭和歌謡だな。
ロス・プリモスとかのムード歌謡。前川清も好きだな。」
ヤマちゃんが
「威勢のいいのが好きだ。『無法松の一生』とか。海岸のスナック『再会』で歌えるんだよ。
カラオケ代はタダなんだ。」
「あのエイトトラックでガシャンってやる古いのしかないんだろ。今時スナックなんて流行らねぇよ。新曲はないし。」
「あのママ、まだ生きてたのか?」
「そう言えばこの神社の宮司も俺と同級生だよ。
あいつはアメリカの大学行ってついでに世界を放浪してただろ。変わり者だよ。」
啓ちゃんは事情に詳しい。
「それと海岸の入り口の古いサーフショップのコージも同級生だ。
店でいつもビーチボーイズがかかってる。」
「宮司はオショーと呼んでくれって言ってたな。
なんでオショーなんだかな。
寺か神社か紛らわしいな。」
年寄りと言ったって戦後生まれ。激動の時代を生きてきた。話を聞くのは中々興味深い。
孫世代には優しいし。
ともだちにシェアしよう!