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第13話 犬塚神社

 九十九里、白浜海岸。 風光明媚なはずのこの町は、今や空き家と老人しかいない限界集落の体だ。  長く連なる九十九里有料道路の高い壁。海に出る道はほとんど塞がれた。平地である住宅地からは海は全く見えない。  海鳴りの音だけが海の存在を教える。道路わきのドブ川は蓋もないのでひどく臭う。  ビーチロードの名が付いた幹線道路沿いに、臭いドブ川が続いていて、夏は歩くのもツラい。  海を求めてやって来る観光客も、この町は通過するだけ。  昔は賑わっていたのか、廃業した民宿や、廃屋を晒す元土産物屋が目に付く。後継者もいないのだろう、朽ち果てるに任せているようだ。  ここは本屋もない、ゲームセンターもない、ファミレスもない。ビーチロードとは名ばかりのうらぶれた地域。  海抜の低い平地を田んぼの方に500メートルほど入った所に古い神社がある。  神社を囲むようにそこだけに森がある。 どこに行く宛もない年寄りたちが、散歩がてら神社の境内に集まって来る。  ここにしかゆっくり座れるベンチがないのだ。 「なんか、今日は人の出入りが多いな。」 近くに住んでいる啓ちゃんが言う。78才、老人という自覚はない。 「変わり者の宮司がまた何かやるんだろう。」 「あの、でっかい鍾馗様か? なんか音楽やるのか? あんまりうるさくないやつがいいがな。」  ヤマちゃんとカトちゃんが言った。二人は80才を越えている。  続々と集まって来る若い奴らを見て 「こんなに若い奴、この辺にいたかな?」 「アタシの孫がDJってのをやるんだよ。 ラップってわかるか?」  咲耶ばあちゃんが言った。ばあちゃんは68才、年寄りの中では若手だ。 「啓ちゃんも昔はバンドとかやってたんだろ。」 「俺はもっぱら、ハードロックだ。 ツェッペリンとか、ピンク・フロイドとか、 ファンクも好きだ。また、爆音でヤリテェな。」  啓ちゃんに応えて、カトちゃんが言う。 「ワシはやっぱり、昭和歌謡だな。 ロス・プリモスとかのムード歌謡。前川清も好きだな。」 ヤマちゃんが 「威勢のいいのが好きだ。『無法松の一生』とか。海岸のスナック『再会』で歌えるんだよ。 カラオケ代はタダなんだ。」 「あのエイトトラックでガシャンってやる古いのしかないんだろ。今時スナックなんて流行らねぇよ。新曲はないし。」 「あのママ、まだ生きてたのか?」 「そう言えばこの神社の宮司も俺と同級生だよ。 あいつはアメリカの大学行ってついでに世界を放浪してただろ。変わり者だよ。」  啓ちゃんは事情に詳しい。 「それと海岸の入り口の古いサーフショップのコージも同級生だ。  店でいつもビーチボーイズがかかってる。」 「宮司はオショーと呼んでくれって言ってたな。 なんでオショーなんだかな。 寺か神社か紛らわしいな。」  年寄りと言ったって戦後生まれ。激動の時代を生きてきた。話を聞くのは中々興味深い。  孫世代には優しいし。

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