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第16話 五月雨
汗ばんだ腕を引いた。腕の中に抱き込まれた若者が、また、夢の中にいるように身じろぎした。
昨夜ハッテン場で出会った美少年。夜の灯りでは、素晴らしい美少年だと思ったが、朝の光の中では少しくたびれて見えた。髭が伸びた顔が薄汚れて見える。少年という年でもなさそうだ。
彼から見たら飛び上がるほど美しい五月雨に、抱かれた事実が信じられないだろう。男娼として、こんな上客は滅多にない。
「もう,朝?僕本当は朝まで付き合ったりしないんだよ。料金高いよ。」
上客だとしても、商売だ。キッチリ料金はもらう。狡猾さは拭えない。
身体を起こして五月雨はベッドから這い出た。
知らないホテル。知らない部屋。
スーツのポケットから財布を取り出して数枚の札を渡した。
「多いよ。約束より。たくさんもらってありがと。昨夜は激しかったね。僕起きられないかと思ったよ。メイは良かったの?
また、会ってくれる?」
「ごめん、二度目はないんだ。」
それぞれにシャワーを浴びて身支度をした。
いつも男を買うと朝がつらい。自己嫌悪に苛まれる。忸怩たる思いでホテルを後にする。
自分の欲を吐き出すためにたまに来るこの町。
いつも虚しい。本当に欲しいのは、ここにいない男だ。
「今日は日曜日か。
また、明日から何食わぬ顔をして教師をやるのか。」
会いたいと思う。4年前に諦めた男。
不思議だ。時が過ぎても色褪せない。思いは募る。思い出の中でますます輝く。
「私は汚れたな。男を買うような人間だ。
もう、君に会う資格はないのだろう。
でも、会いたい。」
何年も待っている。何の約束もないのに待ってしまう。
帰って来た。いつもの駅。ここから家まで10kmあまり。車がないと暮らせない。
駅前のパーキングに停めた愛車のスカGで,海辺の町まで帰る。もう旧車になりそうなハコスカGTR。五月雨は長く愛する。車も男も。
この町に今でも住んでいるのだろうか?
教師の権限で卒業生を探す事は出来るだろう。
でも、それはしたくない。
ずっと心の中にしまっていた思いを、この頃持て余している自分がいる。
「会いたい。君はどこにいるのか。
何をしているのか。誰を愛しているのか。」
いつも心の中に彼の面影が住んでいる。
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