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第22話 覚醒

 その後、タイジと犬の散歩でよく出会った。 「ジョーさん、ヒップホップって好きですか。 俺、DJやってるんです。 ウチに遊びに来ませんか。ラップ良いですよ。 血が騒ぐ。」  というわけでジョーは初めてラップに触れる事になる。どんなに衝撃的だったか。  今まで眠っていた何かが目覚めた、というか。 タイジの部屋は凄い音響設備で足の踏み場もない。ターンテーブルが二つ並んだプレーヤーの周りにいろいろなスイッチやら、ボタンやら、まさに混沌の中、だった。 「こっちに座って。」 と手を取って機械の前に座らされた。  ジョーは他者とのスキンシップが苦手だ。誰とも触れ合った事がない。 「こんな凄い機械、操作するの俺には無理だな。」 「まだ、こんなもんじゃ足りないけどね。」 タイジがジョーの隣に座ってスクラッチを始めた。手の動きが早い。気持ちのいい音だ。 「凄いな、タイジ。」 「俺なんかまだまだだよ。 みんな早くてノリのいいのをやってるよ。」 「俺は機械は苦手だなぁ。 言葉遊びは好きだよ。」 「うーん、遊びですか。 俺、時々F市のクラブに顔出すんで、今度ジョーさんも行って見る? たまにフリースタイルの日があるんで。」  その日はタイジから数枚のおすすめCDを借りて帰った。帰りがけにタイジが握手して来た。その手の感触に緊張はマックスだった。  自分の部屋でCDを聴いていると、何かが心の底から頭をもたげて起き上がって来た。  俺の魂だ。 (わかった、わかった、オレのタマシイ。 イキでいなせな,言葉の洪水、消えないバイブス、いきなり目覚めた識閾下(しきいきか) 頭の中から消えないように、骨の髄まで染み込むワード。あああ、言葉が溢れて来る。俺のリリック。ていうか、このままじゃ、また、おかしくなりそうだ。もう二度と病院には戻りたくねぇ!) ワーッとなってしまったが、もう自分で勢いを止める事ができた。  病院でやらされたアンガーマネジメントとも違う。ゆっくり数を数えなくても、自分で自分を抑える事ができた。 (この感じはなんだろう? オレは覚醒した。もう薬に頼らなくても やっていける。) この時、はっきり感じた。 (ケミカルな物に頼らなくてもオレは自分を高みに連れて行ける。)  今思えば一時的な自己暗示だったかもしれない。テンションの上がった気分は、それ自体普通ではなかったかもしれない。  ただ、この時ジョーが感じていたのは、自分の気持ちをキチンと制御できる、という自信だった。今までこんな自覚をした事はない。  薬に頼る事に罪悪感を持っていた。 もう大丈夫。俺は大丈夫。薬に頼らなくても今度こそ自分を信じられる気がした。

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