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第29話 石田

 石田は、寒いのに今日も半袖だ。 「お、おうよ。」 「犬村もなんか墨入れてたなぁ。 流行りのタトゥーだっけ。」 省吾が思い出したように言う。 「あんなの墨じゃねぇよ。ファッションだろ。 これと一緒にすんな。」  石田が自慢出来るのは肩に彫った刺青だけだ。 片方に金太郎、もう片方に錦鯉だ。肩から腕にかけて、それは見事なものだった。 「昔から、親父が面倒見てた漁師の若い者が、本物ヤクザにゲソ入れて、今じゃ、この町のM会の傘下の組の若頭だ。若頭って偉いんだろ。  おまえも根性見せろって言うから、両肩に入れてみた。」  本当に入れるなんて、バカじゃねえか、と省吾とキヨシは思う。 「和彫りは超痛いんだぜ。特に赤がスゲー痛え。 親父にはぶん殴られたけどな。」  調子に乗って石田は話すのを止めない。 「その人は松田さんって言うんだ。おまえらもこの前、顔見たろ。  なんかあったら名前出していいって。この辺りで松田さん知ってたら怖いもんないぜ。」 (石田の自慢がまた始まった。 俺もこんなのとつるんでんのが恥ずかしいぜ。) 省吾はうんざりしていた。 (ヤクザ者の名前なんか出したら、後々何させられるかわかんねぇし。  石田は頭が軽いからなぁ。脳みそあんのか?) 「あーあ、パチンコやりてぇ。 おまえら、いくら持ってる?」 石田に聞かれて省吾とキヨシは顔を見合わせた。 「明日、新装開店の店あっから、朝から並ぼうぜ。金は松田さんから少し借りてもいいな。  最近松田さん、マチキン始めたんだって。 組のシノギらしいけど、アルバイトすれば貸してやるって。」 (どんなアルバイトだか想像はつく。ブラックなやつだろ。碌なもんじゃねぇ。) 「この前のバトルに来ていたコスプレの娘、可愛かったな。黒い看護婦さん。拐っちゃおうかな。」 「石田、怖いこと言うなよ。あいつ、男だよ。」 「えっ?」  石田は琥珀の事が忘れられなかった。 「もう一人、気の強そうな女がいただろ。」 「俺、ああいうのが好きだな。」 「また神社、行こうぜ。パチンコで稼いでよ。」  石田は脳天気だ。

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