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第32話 五月雨メイストーム

 メイはアメリカ人の父と日本人の母との間に生まれた。でも、父の顔を知らない。  物心がついた時には母と二人、神社の離れで暮らしていた。母は何も語らない。五月雨の出自の事を。  子供の頃から人の目を気にして育った。母の事は大好きだから悲しませる質問は一切しないようにしていた。大人に好かれる子供を演じて来た。 (話せる時が来たら母の方から話してくれるはずだ。だから、ボクからは聞かない。)  母は時折り巫女になって神社を手伝っていたが、父のいない暮らしは子供には不思議だった。  宮司のオショーが父親代わりになってくれた。 上の学校にも行けた。人並みの暮らしは出来ていた。大学はなんとオショーと父ブライアンの母校、アメリカに行った。教育も充分に受けられた。国籍は日本だ。日本名は八岐五月雨メイストーム。五月の雨は春の嵐か。  その時には、もう飛行機事故で亡くなっていた父が夢枕に立ってそう名付けたという。  ハーフの顔はイヤでも目立つ。イケメンと言われ続けた。気を抜くと足元をすくわれる。  良い成績を取らなければならない、キチンとしなければならない、と自分を戒めて来た。  学問では、数学が1番好きだった。答えに曖昧さがないから。  教師歴も長い。独身。女性問題など絶対に起こさない。そもそも女性に興味がない。  生徒を教育の名の元にキッチリ型にはめる。はみ出す者は許さない。  型にはまらない「天才」というのは許せない存在だった。教師が自分より優れた生徒を前にした時、自分を否定してまでその生徒の才能を認めなければならないとしたら。  五月雨はこれまで、自分を抑えて社会に忠誠を誓って来た。  一介の教師として目立たぬように、そしてはみ出さないように早めに芽を摘んできた。  自分が少数の人間をそこそこ支配できる所に身を沈める。良くも悪くも社会秩序を乱さぬように。自分に私的感情がある事を見透かされたら終わりだ。五月雨にとってある意味教師は天職かもしれない。  しかし、時々無性に何かの衝動に突き動かされる事がある。自分を戒めている鎖を引きちぎろうと、別の自分が顔を出す。  いつまで自制心を保てるだろうか。普段の五月雨からは想像もつかない、これは何だ?  五月雨自身は知っていた。この衝動とは長い付き合いだ。暴走しようとするもう一人の自分を飼い慣らす事は生きるためだ。  冷たい悦びを味わった事があるだろうか。小さくて無力なものを誰も知らない所でいたぶる。あのゾクゾクする快楽を味わった事があるか。  五月雨はそれで心の均衡を保っていた。小動物を虐待する訳ではない。あくまでも精神のこと。 頭の中だけの妄想なのだが。

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