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第33話 五月雨メイストーム 2

 五月雨は自覚していた。自分が女性を愛せない事を。数年前、出会ってしまった、運命の人。  教え子。華奢で線の細い綺麗な男。教え子には絶対に手を出さない、と決めていた。  手首を傷付けている。ふとした拍子に見てしまった。長袖の下に包帯。 「あ。」 数学の授業中だった。挙手したその手首に不自然な包帯。ずっと気になっていた。  数日後、放課後、美術の課題を終わらせるため、一人教室に残っていた。 「犬坂琥珀、くん。」 抱きしめたい。おもわず腕を掴んでいた。 「先生、何するんだよ!」 我慢出来なかった。 (私の仮面が剥がれる音がした。)  その後、何も言ってこない。大問題になって教職を解かれると覚悟したのは、杞憂に終わった。  それからは何食わぬ顔をして過ごす。彼の卒業を見守った。でも忘れられない。心が痛い。 (18才になるまで待とう。何か出来るかもしれないな。)  ささやかな希望を持った。教職に取り組む姿勢が変わった。今までの距離感が失われた。  こんなに誰かを欲しいと思った事はない。 夢の中で 「先生は男でしょ。気持ち悪いよ。」 と言われた。そんな夢を何度も見た。 私の潜在意識が言わせる。  人間に興味がない、と思っていた。自分の拠り所が失われた。クールなふりができない。  母は気付いたようだった。 「五月雨は恋をしているのね。」 「母さん、ボクは普通の恋愛が出来ないようだ。 男が好きなんだ。」 「ああ、これは呪いかしら。 あなたが生まれた事が呪いだったのね。 それでお父さんは死んでしまった。」  あってはならない事の、バグの修正。 それで無理を通せばその報いがあるのか。 「宇宙の摂理を狂わせてあなたを生んだから。」 母、玉梓は恐るべき事を言おうとしている。 「報いって何だよ。ボクは何も悪い事はしていない。変な事を言うなよ。  男を愛する事が悪いとは思わないよ。」 五月雨は納得出来なかった。 母は何を知っているのか。子供の頃から腑に落ちない事は多かった。 「忘れられない男(ひと)がいるんだ。 大人になるのを待っている。 その時は愛を告げてもいいかな?」

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