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第39話 犬塚神社 4

 地蔵に供え物が見えたから石田は最後の力を振り絞って走った。地蔵には何か饅頭のような物が供えられていた。 「食えそうだ!」  手を伸ばそうとすると、 「やめろ!三成、食うんじゃないっ。」 死んだはずの母親が叫んでいる。  生きていた頃、網元の女房として若い衆をまとめてきた、気合の入った母ちゃんの声だった。  どんな荒くれ漁師でも言う事を聞く、あの母ちゃんの声だった。 「母ちゃんっ。」  母親は一瞬で消えた。そして地蔵も饅頭も消えた。腹が減ってもう動けない。  三成は泣きながらもう一回母親を呼んだ。 何か懐かしい響きがする。母親が死んでから呼ぶ事は無くなっていたから。 「母ちゃんっ!」  三成は母親に会いたかった。向こうの方に母親がいて 「こっちに来るな!」 と怒鳴っている。その剣幕が怖過ぎて母親のいない方へ駆け出した。どこにそんな体力が残っていたのか、と不思議に思うほど三成は走った。そしてバッタリ倒れた。  気がつくとそこは石の橋の所だった。まだ渡る前のラクダの石の顔の所。 「俺は生きてるのか。夢だったのか? でも腹は減ってるなぁ。」  三成は死んでないから帰れたのか? 家に帰ると父親が驚いて 「三成、本当におまえか? 半年もどこ行ってたんだよ。警察も真剣に探してくれないし諦めてたんだぞ。」 「は、はんとしー? 俺そんなにいなかったのか?」  三成は信じられない。まるで浦島太郎だ。 「それから、おまえとつるんでたキヨシと省吾、警察に捕まったぞ。 あの松田の奴もだ。」 「えっ、松田さんも?」 「特殊詐欺の容疑だと。 キヨシと省吾は初犯だから執行猶予だと思う。 松田はいろいろボロが出るようだ。 自業自得だな。」  父親は言った。 「悪どい金融をやってたから、取り立ても犯罪に近い物だったらしい。  三成は被害者だ、って言われた。借金もそんなに利息が付くわけないって。とりあえず百万はいかないだろうって事だった。  おまえは一体どこに行ってたんだよ。」  三成はこれが神社の裏の石の橋のおかげだったと思った。

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