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第54話 八房
八房はいきなり
「今、この国は閉塞状態に置かれている。」
と言った。それは三郎も感じていた。
「戦国時代も、人間社会は今と違った意味で、理不尽な決まり事が多く、あまりいい時代では無かった。」
八房が生きていたのは今から500年ほど前だという。じゃあ、今は死んでるのか?
「今では、非科学的だ、と言われるような事も、人々は受け入れて生きていたんだ。
犬が喋るような事も、ね。」
大らかな時代だったようだ。今なら超常現象として一笑に付されてしまう事も、皆んなが受け入れていた、という。
「様々な自然現象に畏敬の念を持っていた。」
確かに今の時代、八房の存在自体、うまく説明出来ない。それを受け入れる余裕が、現代には無いのだろう。
インターネットが世を繋ぎ、情報は行き渡る反面、SNSとかで個人攻撃や個人情報の暴露、無関係な過去の事まで晒す。
「不寛容な時代だが、人の心の曖昧な部分が踏みにじられてはいけない。」
と,八房は言う。
何もかもを白日の下に曝け出す必要はない。
八房は非常に大事な事を言おうとしている、と感じた。
「犬が言葉を話すのは普通の人には聞き取れません。心に話しかけているようなので。
三郎殿もこれから人の言葉を解する犬に出会うでしょう。」
「サブ、オイラも人前ではしゃべらないよ。
誰にも言わないでよ。」
と、小次郎も言った。
さらに八房は言う。
「私はもう500年以上もこの土地にいるのです。
思念だけがこの土地に居着いてしまった。自分でもよくわからない。
しかし、人間だって自分の存在を100%わかる人がいるだろうか。
私の思念は500年余りですが、もっと昔から思念というものは、この空中を漂っていて、私にわかる事以外にも深い歴史があるようです。
私だって全てを鮮明に記憶しているわけではありません。
思念とは、ある時は非常に個人的なもの、それが時には巨大な集合体になったり、言葉で表現するのは難しい。
仏教では、阿頼耶識(あらやしき)と呼んだりするらしいですが。
それは生命の起源のような、今はまだ知られていない事がほとんどですが。
宇宙規模でいうと500年などほんの一瞬かもしれません。思念、という言葉も便宜上です。魂、でしょうか、意識、というか、霊魂とか、呼び方は何でもいいのですが。」
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