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第56話 三郎
よくわからないがひきこもりから物凄い速さで事態は変わっていくようだ。
でも今までの閉塞状態よりは面白そうだ。
八房の言うこと、それは何か?わかっているのにうまく表現できない。他者に伝わらないかもしれないが、いつも葛藤して来た事だ。
別れ際に八房は
「何かあったら、すぐそばに私がいる事を思い出して。」
そう言って去っていった。
そちらに向かって小次郎が千切れるほどしっぽを振っているので、今の出来事が三郎一人の幻覚ではない、と安心した。
さっきまでしゃべっていたのに、小次郎はただの犬に戻ってとぼけた顔をして舌をベロンと垂らして、でも、ニヤリと笑った。
普段の三郎の生活は、専ら本好きな母の本棚の古い本を読み漁る事と、ネットゲーム。課金はしない。無産階級だからね。
そしてアニメ。だけど何でもいいわけじゃない。自分の「推し」は、他人にはあまり言いたくない。アニメがブームを超えて日本の文化と言われるようになった事で、逆にアニメ好き、という事に抵抗がある。
例えば、誰かを好きになる事と、誰でもいいって事は全く違う。アニメも何でもいいってわけじゃない。
いつも夜の空を見ていて気づいた事がある。ひきこもりには夜が友達だ。安心して外を見る。
晴れた新月の夜。窓から見える星は平等だ。
その瞬きに幾千の物語がある。気の遠くなるような長い時間をかけて遠くの星が伝えるものをキャッチする。
声が聞こえる。今の瞬きは何万光年も離れた場所の星が消滅した瞬間だったかもしれない。
死ぬほど寂しい死。三郎にはその声が聞こえて来るような気がするのだ。
そして自分のいるこの場所も、気の遠くなるような速さで自転している一つの星。
果てしない、とされる宇宙にも限りがあるそうだ。この広い宇宙の、人類が観測できている範囲に、地球と同じような青く美しい星は見つかっていない。水の惑星。
なぜ、地球だけが美しく生命に溢れた星なのだろう。三郎は空想する。
もっと科学を突き詰めて、発展したその先に、
人類が、生物が、たどり着くのは思念だけの世界。肉体の縛りを離れて自由に生きる。
生体反応からの自由。死んでいる、と言う事か?
そうではない。本来の姿なのだ。集まって大きな生命体になり、離れて個人的な思念として自分のデータを持つ。それが生命の本質。
質量を持たない。肉体の縛りがない。不完全で
脆弱な肉体を捨てた後に残るのは、精神、思念なのか。
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