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第57話 三郎 2

 三郎は、自分に与えられた時間が少ないと感じた。普通に生きるとしてもあと100年は無いだろう。平均寿命を全うしたとしても足りない。  ある時から焦り始めた。母親はその異常さに気付く。   いつも何かに追われているような三郎。 「僕が生きてる間にあと何冊本が読めるだろう。計算したんだ。毎日一冊読破しても、あと60年くらい生きると21900冊しか読めないんだ。真剣に読めば、もっと少ない。時間が足りないんだ。」  母は三郎の精神状態を心配した。 毎日イライラしている不安そうな三郎に、精神科の受診を提案した。  日頃から温厚で素直な三郎は、母に付き添われて病院に行った。  意外にも居心地のいい病院で、入院して様々な検査を受けることになった。 「親告制で自分で決められるよ。 ゆっくり検査するかい?」  優しげな主治医に勧められての入院だった。家にも自由に連絡出来る、日本でも、数少ない開放的な病院だった。  三郎が気に入ったのは、大量の蔵書のあるライブラリーだった。図書室には、医学的な専門書もある。院長の趣味で、自由に読めるのだ。 「自分から喜んで入院したいなんて、やっぱりどこかおかしいのかしら。」  母を心配させたが、三郎は嬉々として入院した。  もちろん閉鎖病棟もあり、症状によっては拘束される事もあるらしい。  三郎はそこでジョーと出会った。 ジョーは最初、閉鎖病棟で拘束具でベッドに縛り付けられていた。大量の薬で劇的に回復した。  親の許可もあり、主治医の許可もあり、開放病棟に移って来たのだ。  あまりにも違いすぎる二人だった。  思い込みの強い病的な所はあるが、概ね社会生活は送れるだろう、との診断で奇しくも同じ頃、退院となった。  二人は退院間際に出会った。 「退院したら家に遊びに来いよ。」 約束した。可愛い二人だった。  退院してジョーは犬を飼う事になった。母がもらって来た、荘助だ。  チョコレート色のラブラドールの仔犬。  三郎の犬の小次郎は、入院中は専ら母が散歩に行った。  八房は遠くで見ていた。あえて声はかけずに。

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