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第60話 粟生
数日後。
「粟生、遊びに来たよ。」
玉梓の住む神社の離れにサイコの声がした。
粟生は玉梓の住まいに同居している。しばらく前のラップバトルの日、ふらりと現れ、死にたいなどと口走っていた女の子。
初めに声をかけたサイコが何かと気にかけて訪ねてくる。
奥の棟には五月雨の住まいもあるが、玉梓の離れからは見えない。
神社はかなり広く、入り組んでいるようだ。
森の中、杉の木立に囲まれている。
「あ、サイコ、あたしずっとここにいてもいいのかな?」
「オショーは何て言ってるの?」
「まだ、16才だから親には連絡しろって。」
そこへ玉梓が来た。
「あなたのこと、話し合わなくては、ね。
ここにいてくれて構わないけど、あなたはどうしたいの?」
玉梓はこの神社のなにか、親戚にあたるらしい。それでこの神社に住んでいる。以前は巫女をやっていた。
粟生はあまり、自分の事を話さなかった。
今までは行き当たりばったりに男に依存して生きて来たが、無事だったのは奇跡のようだ。
「うーん、粟生はなにかやりたいことないの?
得意なこととか。」
「好きなのは歌う事。ラップはやった事ない。
ウチではおじいちゃんがよくレコードかけて、一緒にブルースとか聴いてた。
サイコ、レコードって知ってる?」
「DJがスクラッチしてるやつだよね。
昔はアレで音楽聴くのが主流だったんでしょ。
粟生はおじいちゃん子なんだね。」
「おじいちゃんはギタリストなんだ。
あたし、結構影響受けてるな。
なんか、親とうまくいかなかった。天涯孤独ならカッコいいのに、って思ってたけど、家を出たらそんなの吹っ飛んじゃった。
眠る所もないのは惨めだった。」
外に車の音がした。駐車スペースが見える。
メイ先生が車を停めて降りて来た。
玉梓が縁側からメイに声をかけた。
「五月雨、ちょっとこっちにいらっしゃい。
紹介するわ、粟生ちゃんよ。サイコちゃんは知ってるわね。」
粟生に
「これは息子の五月雨よ。初めてかしら。」
「はい、初めまして。粟生です。」
「ああ、どうも。」
「中学の教師をやっているのよ。
今日はお休みでしょ。どこかに行ってたの?」
「ああ、ちょっと買い物だ。」
粟生がはじめて五月雨を見た時だった。
衝撃的だった。
(なんて綺麗な男。学校の先生?生徒が大騒ぎじゃないの⁈)
粟生の一目惚れだった。
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