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第63話 犬遠藤さん
お茶を飲みながら昔話に花が咲いた。
「ずいぶん長い旅のようだけど、ご家族は寂しがっていないの?」
咲耶ばあちゃんが聞くと、
「家族って言っても、さいたまの自宅には息子夫婦がいるだけなので、この一年、時々帰りながら、旅を続けています。
妻とは10年ほど前に、死に別れています。」
「お仕事は何を?」
「若い頃からずっとギター演奏を生業にして来ました。
学生運動をやっていた時もギターだけは手放さなかった。
芸は身を助く、と言いますが、それが職業になりました。」
「そう言えば、いつもギターを弾いてくれたわね。思い出した。崇ちゃんだった。
懐かしいわ。ウィ・シャル・オーバー・カムとか、みんなで歌ったわね。」
「ああ、覚えています。
あの頃は悲愴感が漂ってたけど、それだけみんなピュアだった。
今より生きてる実感があった。
今、私の旅の目的は、孫を探す事なんです。
一年ほど前に家出をしたのですが、いつも私に居場所だけは連絡して来ました。
それがこの所、全く繋がらないのです。
最後のメールに、九十九里の海を見に行く、とあったので拓ちゃんの事を思い出したんです。」
「それは心配ねぇ。
ご家族の事を考えると辛いわね。」
そこにタイジが帰って来た。DJは結構仕事がある。
「ただいま。玄関にカッコいい犬がいたね。
大角が嬉しそうだった。」
「おかえり。こちらおじいちゃんの後輩だった崇ちゃん。
タイジはおじいちゃんの事、あまり覚えてないかな。」
奥に座っている年配の人、どこかで見た顔だった。
「こんにちは。じいちゃんの後輩って?
じいちゃん、亡くなってから、もうずいぶんになりますけど。」
「ああ、こんにちは。犬遠藤と言います。」
タイジは気付いた。
「もしかしてあのギタリストの犬遠藤崇彦さんではないですか?
ばあちゃん、超有名な人だよ。じいちゃんの後輩って?
珍しい名前で、もしかしたらって思ったけど、本物?世界的ギタリストの犬遠藤崇彦さん?
スゲェー!」
「私を知ってますか?」
「もちろんです。音楽雑誌でお顔も知ってました。
ばあちゃん、こちら、ものすごく有名な人だよ。日本でも有数のギタリスト。
俺、DJやってるんです。ヒップホップ好きですか?」
興奮してしゃべるタイジの言葉を、犬遠藤は目を細めて聞いていた。
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