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第73話 粟生の過去
粟生の知り合いはとんでもない輩だった。横浜でバンド活動をしていると言うのは嘘八百だ。
まだ、バンドの体をなしていない。ただブラブラ遊んでいるだけのチンピラだった。
いつもは新宿のT横で家出娘を探して食い物にしている。
粟生とも、そこで知り合った。たまたま一緒に住む事になった男のアパートに転がり込んでトオルたちに食い物にされずに済んだだけ。
転がり込んだアパートの男もトオルの仲間みたいなものだった。あのまま、どこかの風俗に売り飛ばされる寸前だった。粟生の彼は借金が膨らんで、飛んだだけだ。粟生を金にしなかっただけ、良心的だ、と言える。
そんなギリギリの危ない生活をして、粟生は何も学習しなかったのか。
ほんのわずかな知り合いでも、馴れ馴れしくされると、自分の居場所を教えてしまう危うさだ。
「バンドやってたなんて嘘でしょ、トオル。
わざわざこんな所まで来てどういうつもり?」
殴られて顔を顔を腫れ上がらせたトオルが
「軽く脅せば金出すかと思ったんだよ。
粟生、おまえも借金あんだろ。
ヤー公が探してんぞ。」
ホストの売掛金が借金として残っている。
「パネェ、金額で、アタシは知らないよ。
あんなの払う義務ないよ。岡本さんが言ってた。」
「岡本ってあのヤーさんだろ、極成会の。
粟生はあんなのと絡んでんのか?」
翔も
「おまえ、怖いもの知らずだな。
岡本さんが出て来たらもっと怖い事になんだよ、バカだ。」
3人によってたかって詰られた。
「それで、あの辺りでみんな粟生を探してんだな。ここにいる事は黙っててやるよ。
あのさ、俺たち金無いんだよ。
いくらか都合してくんない?
ホストの売掛も黙っててやるから。」
そばで話を聞いていたオショーが
「そんな事になってるのか?
警察に言った方がいいかもしれないな。」
咲耶さんが封筒をトオルたちに寄越した。
「これは今日の交通費だよ。
あと、ハヤシくんはマジにベースやるなら聞かせてもらおうか?
さっき、店のギターを触ってただろ。
ホントに好きみたいだから。」
咲耶さんの勧めで店のエレキベースを弾いてみせた。ハヤシは本気でベースをやっていたらしい。
「いいね。顔の腫れが引いたらオーディションやろうか。ここに住み込みでやってみるかい?」
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