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第95話 悲喜劇

 粟生は警察で事情を訊かれたが、犬遠藤さんの弁護士が問題を軽くした。  ただ、家出娘がホストのぼったくりに合っただけ、という事になった。新宿のホストクラブは犬遠藤さんが金で解決した。  極成会は岡本さんが話をつけた。犬遠藤崇彦の孫だ,という事で喜んで揉み消してくれた。 「粟生、今度という今度はおまえの性悪に気付いたよ。いつからそんな風になってしまったのだ。 何が不満なのだ。」 「おじいちゃんにはわからないよ。 いつも日の当たる場所にいる人にはアタシの気持ちはわからないよ。 わかろうとしなかったじゃない。」    犬遠藤崇彦は、学生運動をやっていた時、公安に目をつけられて逃げていた事があった。咲耶さんの夫だった拓ちゃんもそうだ。  あの時代、学生は見えない思想の化け物に取り憑かれていた。  革命のためなら暴力を肯定した時代。内ゲバに命をかける。理不尽に感じても、みんな空中分解のようにバラバラに逃げた。  今ならわかる。その無力さ。自分は何かを成し遂げられたのか。  みんなが胸に抱えて生きている。その無念さを若者にわかってもらおうとは思わない。  そんな祖父さんを見て、否定的になったのだろう。16才の娘が簡単に生きて行けそうな都会。 「粟生は怖くなかったのか?」 「全然平気。あのヤクザだって漫画みたいだった。ホントに殺されるとは思えなかった。」 「人生を舐めてるな。 話の出来る友はおらんのか?」  粟生はナナオの顔が浮かんだ。でも、もう、あのロックバーには顔を出せない。 「おじいちゃん、あそこでギター弾きなよ。 もう一度歌いたい。」 「そうだね。私もあの店でギターを弾きたいよ。 でも、酷いことを言ってしまったからな。」  二人は話し合ってもう一度この町で生きていくことを望んだ。  粟生からナナオに連絡が来た。 「咲耶さん、粟生があやまりたいって言ってる。 店に来たいって。」 「そうかい。自分で来いって言って。 ナナオは満更でもなさそうだね。」 「いやだよ。また振り回される。」 「またメイ先生に会える。」 粟生は喜んだ。反省は、ない。

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