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第111話 リストバンド
ドラマーだから汗を拭くためにもリストバンドは欠かせない。この日はお揃いだった。
粟生は自分は不幸だ、と思っていた。死にたいとか、よく周りに言いふらしていた。五月雨の心を独り占めしている琥珀が憎らしかった。何もかもを手に入れているような琥珀が許せなかった。
琥珀は少し前、五月雨と結ばれる前、一人ぼっちで死のすぐそばにいた。
ラップバトルで出会った人たちと、犬たちと、
五月雨に救われた。
粟生を苦しめる事などしていないはずだ。五月雨に愛されるのが許せないのか。
粟生が許せないのは琥珀の純粋さ,だった。粟生は自分は汚れている、と感じていた。
「琥珀、大丈夫か?」
五月雨に肩を抱かれて長袖の上着を着せかけられてうなずく。五月雨が自分の手から外したリストバンドを琥珀につけている。
粟生はナナオに手を引っ張られて外に連れて行かれた。
「馬鹿野郎、本当はぶん殴りたいけど、女は殴らない。
琥珀のリストカットの事はみんな知ってるんだよ。でも誰もそんな事は暴き立てない。
おまえは琥珀をさらし者にでもしたかったのか?いい気味だと思ったか?
おまえの好きなメイ先生を独り占めしてるから妬んでたのか?
そんなおまえを誰も愛さないよ。」
いつになく怖いナナオの剣幕に粟生は泣き出した。
琥珀と五月雨が、二人の家に帰って来た。
バンドの練習だとロックバーに集合がかかっていたのが、この出来事でみんなやる気をなくしてしまった。
五月雨はまた、バンドなどやりたくない、もうバンドなどやめよう、と考えていた。
琥珀が傷つけられた事に憤りを拭えない。粟生のような女の子にあんな悪意が潜んでいる。
「俺がリストカットなんて馬鹿なことをしたから報いを受けたんだ。一生悔やむのかな。もう取り返しがつかない。この傷は消えない。」
琥珀を抱きしめて五月雨は
「みんな琥珀の勲章だ。ぜんぶ愛してる。
琥珀の苦しみはボクが受け取る。全部,全部。」
「うん、ごめんなさい。この傷だけは強気で頑張って来たんだけど、あんなストレートな悪意は慣れてなかった。油断しちゃった。心が弱ってた。
メイ先生、粟生ちゃんを責めないで。」
昔の五月雨なら完膚なきまでに仕返しするだろう。この所、五月雨の性格がガラッと変わった。
琥珀に浄化されたのか。
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