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第126話 馬琴と玉梓
今から遡る事200有余年、江戸時代後期。
曲亭馬琴は物語のロケハンに歩いていた。
「ねえ馬琴さん、諸国を旅しているのでしょ。
お話のネタに私の事とか、興味無い?どぉ?」
「確かに玉梓はおもしろい。不思議な存在だな。
私は水戸の光圀公ではないから諸国を旅してはいないが、ま、関東周辺は歩いたね。
今考えている八犬伝は元々この辺りの伝承を元にしているのだが。」
この頃、江戸で人気の戯作者、曲亭馬琴は、話のネタを探す旅の途中、街道沿いの宿場町で、この九十九里に伝わる興味深い噂を耳にした。
500有余年も生きている女がいるという。
いや、正確な所はわからないが、もう大昔からこの地にいるらしい女。
それを探し歩いてこの町にたどり着いた。
不老不死、なのか、化け物か。
九十九里の海辺の町に入ると、不思議な事に大した苦労もなく、その女、玉梓を見つける事ができた。
馬琴が出会ったのはあまりにも美しい女だった。
ふっくらとしたその頬。うりざね顔で、何故かまあるい暖かさを湛えた輪郭。黒目がちな瞳にぽってりと赤い唇。思わず奮いつきたくなる。
着物の上からでもわかる、その豊満な肢体。
何とも人間離れした魅力がある。
「おまえさんは本当に500年も生きているのかい?
わたしゃもっとババァを想像してたんだが。
こいつはまた、とんでもなくいい女じゃないか。」
「いやだよ、馬琴さん。妖怪ババァを想像してたんだろ。500年生きてる、なんてのはこの辺りの物好きが考えた作り話だよ。」
この女、玉梓と名乗っている。ずいぶん鉄火な物言いだ。
古い神社がある。犬塚神社。代々巫女として秘密は守られて来た。
初めから巫女だったわけではない。花街で傾城と言われる花魁だった事もある。
「私はいつも退屈してたから、花魁とかおもしろかった。春を売る仕事なんて全く抵抗はないよ。
まぐわい、は人の心の奥底にある『愛』なのさ。」
何にしろ長く生きているから、色々な経験もある。その話はとてつもなく興味深い。
長い年月の間には、玉梓も気まぐれに村を出て、その美しさに花魁になったり、時々の大名の側室になったりした。
自由奔放に振る舞う事にも飽きていた。どんな事も玉梓にとっては気まぐれな暇つぶしに過ぎなかった。
玉梓の話に馬琴は夢中になった。
「でも、私、覚えていない事が多いのよ。
覚えていれば、歴史なんか生き字引のはずなのに、ね。」
「やっぱりなぁ。全部覚えていたら、発狂してしまう。仕方がないから、あとは私が創作しよう。」
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