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第155話 訥弁
サトウは訥弁っていうわけじゃなかった。
DJタイジの音に合わせて言葉が溢れている。
バーの小さなステージで面映い感じで繰り出す言葉。背の高いスタイルのいい男、サトウから目が離せない。その髪をかき上げる仕草。亮と同じくらいの長い髪。その指に釘付けだ。
ーーおまえは今夜も眠れずに、待っているのか。
夢をこじらせて、この世界で逆さまに
なっているのか。
諦めないだろ。退屈すぎるぜ。
届かないだろ。俺の世界には。
おまえの指がそれをねだる。
俺の世界はこれから。
快楽の続きはそれから。ーー
ライムは弱いが刺さるリリックだ。とにかくセクシーだ。
聡は、こんな奴に抱かれたい、と思った。
サトウのこの声。普段しゃべらないというサトウだが、その声は聴く者の心を掴んで離さない。
渋い低音だ。じっと見つめて固まった聡に、サトウはフッと笑った。口の端に小さな皺が出来る。思わず見惚れてしまった。
「カッコいいだろ、サトウ。
子供の頃は場面緘黙(ばめんかんもく)だったんだ。ラップの時だけ覚醒する。」
鉄平が自分の事のように自慢する。
「ああ、本当にすごいね。所で場面緘黙って?」
「言葉が出て来ないんだ。特定の人以外とはしゃべらない。俺ともガキの頃からの付き合いだけど、しゃべらないよ。俺はサトウの気持ちがわかるから通訳やってるけどな。」
小学校の頃から鉄平は先生に頼られてサトウの通訳をやっていた。
鉄平の独りよがりな通訳でも結構役に立っていたらしい。
客席に戻って来てサトウは聡の隣に座った。いつもボッチだったからこんな時は緊張する。
いきなりサトウは聡の首に手を当てた。
驚いて見つめてしまう。
「なに?」
サトウが微笑んでいる。聡はカァーと頬が熱くなるのを感じた。
「ナナオ、おっそーい!」
粟生が大声で空気をかき回す。見た事のあるデカい人が来た。粟生がくっついて来るのを迷惑そうに引き剥がす。
「暑苦しいんだよ。俺に触んな!」
粟生は腕を抱えて離さない。
「サトウがノリノリでラップやってるっていうから期待して来たんだ。」
サトウと聡の間にどっかりと座ったナナオのせいでサトウの顔が見えない。
まるで鉄壁のディフェンスだ。
(こいつもサトウが目当てなのか?)
聡はへんな気持ちになった。
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