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第159話 通訳
(ああ、サトウに見られた。
オレは男が好きだと思われた。)
鉄平が何かサトウに囁いている。
亮が声をかけた。
「じゃあな。聡、俺のBMW頼むわ。
明日、『無頼庵』でオータと打ち合わせ、な。」
賑やかに帰って行った。聡はどんな顔をしたらいいのかわからない。気まずい。
「聡、クラッシャーの亮とどんな関係?」
「関係って?ただの友達だよ。」
「男同士でキスなんかすんのかよ。」
「あいつらはそれが普通なんだろう?」
サトウが笑っている。今夜はハコバンのライブがあるらしい。
一般のお客さんも入り始めている。
娯楽のないこの町にロックバーが出来たので賑わっている。
聡は鉄平の隣に座って何か言い訳をしようとした。サトウが笑って人差し指を一本立てて口を塞いだ。
ノンアルコールビールを飲みながら、サトウを見た。その目が何かを語っている。
「聡は男が好きなのか?」
鉄平が訊く。
「え、考えた事、無かったな。」
聡はサトウを前にして、なんだかふわふわした気持ちになった。
「サトウは名前なんていうの?」
「犬飼隆由(いぬかいたかよし)っていうのが本名だ。
サトウはどこにでもある名前を名乗りたかったんだって。
サトウって日本人に一番多いんだ。」
鉄平が代わりに答えた。
「サトウとまるで違う名前だ。」
すると、ポツポツとサトウが話し出した。
「聡には、タカヨシって呼んでほしい。」
流暢にしゃべっている。
「何だ、普通に話せるじゃん。」
「ああ、中学の頃には普通に話せるようになっていたよ。みんなは知らないけど普通に話せるよ。
話せないと思わせておくと便利なんだ。」
「変わってるな。意志が強いんだね。
オレなら我慢できなくてしゃべっちゃうよ。」
もうずいぶん長い間、周りを欺いていた。
「タカヨシは相手によるんだよ。
もう通訳はいらないな。」
鉄平が言った。
「聡は、さっきの奴が恋人なのか?」
「違うよ。あいつが勝手にキスしてくるんだ。」
タカヨシがその長い指で聡の唇を触った。
「ここは変な奴ばっかりだ。
女がいなくて欲求不満なのかよ?」
そこにナナオを連れて粟生がやって来た。
「今夜はライブ、やるからね!」
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