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第178話 ラクダ
普段は、神社の裏手には薮が茂っていて、ラクダにも、あの橋にも気が付かない。巧妙に隠れている。
みんな歩いて来た。
「あ、ラクダ。」
石田が宝物だと聞かされても運び出すことは無理だと諦めた、大きな一枚岩のラクダ。
オショーがラクダについて語る。
「日本には生息していないラクダか日本に初めてやってきたのは、三代将軍徳川家光への献上品としてだった。
1646年、正保三年の事と文献に残っている。
まだ、庶民の目に触れる事はなかったようだ。
ラクダは異国の珍獣だったのだ。」
いつのまにか琥珀も出て来て五月雨の手を握っている。
「なぜ、誰も見た事がない珍獣の顔がここにあるのか?」
以前、T県の博物館から調査が来たが、年代を調べると1646年どころではない、古いものだった。紀元前とか、縄文時代とか。
学者が「あり得ない」と絶句したという。
「あ、ラクダさん、うわぁ、懐かしい!」
琥珀は五月雨の手を離してラクダの元に走って行ってしまった。
今まで生きて来た中で、ラクダには縁もゆかりもない、と思う。特に思い出もない。
琥珀は石のラクダに抱きついている。心なしかラクダが石ではなくなったような、血の通ったラクダ色に変わったように見えた。
「琥珀、僕を見て!琥珀、僕がわかるか?」
ラクダに頬ずりしていたのに、無理矢理引き離されて
「メイ先生、ひどいよ!久しぶりに会えたのに。」
「会えたって?」
「ラクダさんだよ。
メイ先生もよく知ってるラクダさん。
俺、昔から大好きだった。」
ラクダは石である事をやめてニンマリしている。
「琥珀は、このラクダ見るの初めてだろ。
こいつ、やめろ!琥珀は僕のものだよ。
触るなっ。石に戻れ!」
五月雨が本気で怒鳴っている。
「五月雨、琥珀を奪ったりしないよ。
私は人間と思念との、交差点のような存在らしいんだ。」
ワンワン、ワワン!その時ケノが走って来た。シノも来た。
「あ、結界が解けたみたいだ。
おまえたちのおかげだ。」
琥珀は涙を流している。
「ケノのバカバカ!ラクダさんが帰っちゃった。
ずっとそばにいたかったのに。」
「琥珀、目を覚ませ!」
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