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第193話 玉 3

 伏姫について説明しよう。 『主君、里見義実(さとみよしざね)のために 愛犬八房は敵の首を討ち取って来た。  八房は、里見義実から、敵を倒したら娘の伏姫(ふせひめ)を嫁にやっても良い、と言う約束をもらったから、必死に戦った。  館山城主、安西景連(あんざいかげつら)の首を討ち取って帰ったが、主君、里見義実は、約束を忘れたふりをするので、伏姫を連れて逃げた。  八房と伏姫は愛し合っていたのだ。八房は犬だけれど、人に姿を変える事が出来た。  姫と似合いの美丈夫になった八房は、上総の富山(とみさん)に逃げて、愛らしい8人の子をもうけたが、追いかけてきた姫の許嫁、鋺大輔(かなまりだいすけ)に鉄砲で撃ち殺されてしまう。  姫も重傷を負う。その時、姫が幼い頃護身のため役行者(えんのぎょうじゃ)から授かっていた数珠から八つの玉が飛び散った。  子供たちはそれぞれ、仁、義、礼、智、忠、信、孝、悌、八つの玉を持つ、八犬士となり散り散りになる。  姫は八房の後を追って自害する事でこの件は不問に付された。』  話を聞いていた犬たちはみんな泣いた。 「八房、俺たちの魂の父はあなただ。」  犬種も生い立ちも違う犬たちが、自分たちの繋がりを感じて泣いた。あり得ない話だろうか。  聡は心に働きかけて来る八房の話に、妙に納得出来る気がした。  思念になってからは、みんなバラバラの個人の生命になると考えて、それは寂しい事だと思っていた。思念になっても愛するものを探す八房の話は、ある種の救いだった。  実際に証明出来る訳ではないが、宇宙の中をひとりぼっちで終わりなく彷徨い続けると思っていた事が、愛する者を探す旅も有り、なのか。  一つの可能性を八房が示してくれた。 「ところで、なぜ、八房は 結界でここに入れないんだろう?」  誰かの意志ではなく、自然の摂理なのか? 聡はまだまだ、スサとして考える事がたくさんある、とやる気が出てきた。思索は長い間、孤独な聡の友であった。 「なんで玉持ってんの?」 という疑問から面白い事に突き当たった。  伏姫の思念の行方も気になるが、時空を超えてもっと大きな怨念のようなものが漂っている。  鋺大輔の思念。鋺大輔は自分の許嫁を取り返そうとしただけなのに、という怨念で未だ彷徨っているような気がする。  むしろ八房を撃ち殺したのは、手柄であるはずだった。  思念となっても、伏姫は己のものだ、と思い込んでいるのではないか?

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