229 / 256

第229話 ファイトクラブ

 あれ以来、暴力沙汰は無くなった。五月雨はたまに、暴力の衝動に駆られるが、自分を律する事が出来ている。  子供の頃、空手道場に通っていた時、格闘技との向き合い方は、厳しく教えられた。  寸止めなしのフルコンタクト空手だから、拳が凶器になる、と教えられた。  その時の師匠は示念流総帥M氏、『拳』を警察に登録してある、という猛者だった。空手十段と言われる伝説に近い人であった。十段は、現実に数人しか実在しない。 「五月雨は、八段まで精進せよ。」 と言われたが、大学に入るためにアメリカへ旅立ち、そこで終わった。  日本の空手は流行っていたが、玉梓が段位にこだわる事を良し、としなかった。  五月雨も自分で気付いていた。 (僕は、数学と同じくらい、暴力が好きだ。 自分を戒めないと、喜んで人を傷つけてしまう。) それ以来、自分の衝動を封印した。 (今夜は、琥珀と楽しく過ごそう。 僕は格闘技をやらない、と決めたんだ。)  フラメンコは素晴らしかった。 切ないギターの調べに、踊る粟生のセクシーさ。 朗々と歌う涅槃寂静の山崎さん。  涙が出てくる。 (ギターの音色が郷愁を誘う。 切ない気持ちを思い出させる。)  何もつらい恋などした事はないはず。 「飲みすぎた。もう琥珀を抱く事も出来ないな。」 「メイ、何言ってんだよ。」 琥珀が真っ赤になって周りを見回す。 「メイ先生、だいぶ酔ってるね。 ファイトクラブの話をしようと思ったのに。」 ジョーと鉄平が残念そうにこっちを見た。  プロボクサーが指導する本格的なジムを白浜ベースに作ろう、という構想。  オショーは以前から、暴力ではなく格闘技としてそのエネルギーを昇華させたい、と考えていた。  この前の小競り合いで、五月雨の暴力に対する親和性に気付いた。  早速、以前から知っていたプロボクサーの堂島さんをロックバーに誘ったのだ。  フラメンコは大いに盛り上がったが、ジムの話には五月雨は乗ってこなかった。  ステージが終わってみんなが和気藹々とおしゃべりをしていると、 「僕と琥珀はもう帰ります。皆さんごゆっくり。」  車を置いて歩いて帰った。歩くと10分くらいの距離なのだ。

ともだちにシェアしよう!