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第229話 ファイトクラブ
あれ以来、暴力沙汰は無くなった。五月雨はたまに、暴力の衝動に駆られるが、自分を律する事が出来ている。
子供の頃、空手道場に通っていた時、格闘技との向き合い方は、厳しく教えられた。
寸止めなしのフルコンタクト空手だから、拳が凶器になる、と教えられた。
その時の師匠は示念流総帥M氏、『拳』を警察に登録してある、という猛者だった。空手十段と言われる伝説に近い人であった。十段は、現実に数人しか実在しない。
「五月雨は、八段まで精進せよ。」
と言われたが、大学に入るためにアメリカへ旅立ち、そこで終わった。
日本の空手は流行っていたが、玉梓が段位にこだわる事を良し、としなかった。
五月雨も自分で気付いていた。
(僕は、数学と同じくらい、暴力が好きだ。
自分を戒めないと、喜んで人を傷つけてしまう。)
それ以来、自分の衝動を封印した。
(今夜は、琥珀と楽しく過ごそう。
僕は格闘技をやらない、と決めたんだ。)
フラメンコは素晴らしかった。
切ないギターの調べに、踊る粟生のセクシーさ。
朗々と歌う涅槃寂静の山崎さん。
涙が出てくる。
(ギターの音色が郷愁を誘う。
切ない気持ちを思い出させる。)
何もつらい恋などした事はないはず。
「飲みすぎた。もう琥珀を抱く事も出来ないな。」
「メイ、何言ってんだよ。」
琥珀が真っ赤になって周りを見回す。
「メイ先生、だいぶ酔ってるね。
ファイトクラブの話をしようと思ったのに。」
ジョーと鉄平が残念そうにこっちを見た。
プロボクサーが指導する本格的なジムを白浜ベースに作ろう、という構想。
オショーは以前から、暴力ではなく格闘技としてそのエネルギーを昇華させたい、と考えていた。
この前の小競り合いで、五月雨の暴力に対する親和性に気付いた。
早速、以前から知っていたプロボクサーの堂島さんをロックバーに誘ったのだ。
フラメンコは大いに盛り上がったが、ジムの話には五月雨は乗ってこなかった。
ステージが終わってみんなが和気藹々とおしゃべりをしていると、
「僕と琥珀はもう帰ります。皆さんごゆっくり。」
車を置いて歩いて帰った。歩くと10分くらいの距離なのだ。
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