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第254話 時の流れ

 夜半、目が覚めた五月雨は、ケノの気配を感じた。 「五月雨、いつまで寝てんだよ。もう起きなよ。 琥珀を迎えに行かなくちゃ。」  ボーッとしていた頭が、急激に覚めてくる。 「琥珀が待ちくたびれてるよ。 何やってるの?」 (そうだった、僕にはまだ、やらなければならない事があったんだ。)  もうどれくらい時は過ぎたのだろう。 一年近くになる。琥珀なしで五月雨は、どうやって生きていたのか? 「おじいちゃんの家、わかる? ここからだと3時間はかかるかな?」 (ケノはなんでそんな事知っているんだ?)  この所、五月雨は、堂島さんのジムで,ボクシングを教えてもらう以外には、バンドでドラム演奏をするだけだった。  スパーリングにも身が入らない。 「本気出せよ、五月雨!」 堂島さんが気合を入れるが、なにも力がはいらなかった。鉄平と石田がプロボクサーを目指して頑張っている。 「五月雨は、いいセンスしてるのになぁ。」  惜しむ声が聞こえても、やる気にならないのだ。 (琥珀は暴力がイヤだ、と言っていたっけ。 ボクシングは暴力じゃないってのに。)  はっきり目が覚めた。ケノが尻尾を振っている。頭を撫でてやる。トイプードルの愛らしさは琥珀を思い出す。  顔を洗う。冷たい水を頭から被った。 「ふう、少し走って来よう。」  まだ暗い外に出た。ケノは見守っている。 ジョギング用のニューバランスが気持ちよく足を運んで思いのほか外気が心地よい。 「久しぶりだなぁ。僕は生きてた。 女々しくなって生きていたんだ。」  神社の森を抜けて海の方に走って行った。 九十九里はサンライズだ。日の出が見える。 新しい朝の始まりだ。琥珀にも見せたい。  嬉しそうに笑ってくれるだろうか。  時の流れがいろんなものを風化させる。 愛も風化してしまうのか。  自分の身体を酷使して少し落ち着く。ドラムを叩く。あれほど愛した美しい曲。心が入らない。退廃的なドラミングになってしまった。  トレーニングも自分をいじめるためだった。 今までは、逃げていた。 今日は車を出す。久しぶりのGTR。立派な痛車だ。

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