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第4話 まやかし命脈コレクター①

 黛が扉を開く。  誘われて、中へと進む。部屋の中に一歩足を踏み入れると、扉が閉まった。  外側からではよく視えなかった室内が、急に鮮やかに目の前に景色として広がった。  両脇に対照的に並んだ螺旋階段、一階と二階には、幾つもの本棚がずらりと並ぶ。奥行きがあり過ぎて果てが見えない。木製の本棚も階段もレトロな作りで、大正時代辺りの貴族の邸宅を思わせる。 「思っていたより可愛らしい子たちなのね」  甲高く落ち着いた声が響いた。  気が付いたら目の前に女性がいた。大きな仕事机だろうか。その後ろの椅子に腰かけている。女性は優雅に紅茶を嗜んでいた。  長く綺麗な黒髪が真っ直ぐに伸びて、切りそろえられた前髪は日本人形のようだ。大きな瞳は直桜たちを値踏みするように細められている。長い睫毛が切れ長な瞳の妖艶さを増していた。  室内に目を奪われていたとはいえ、一階の本棚の前に机も椅子もなかったし、人もいなかった。 「いつの間に……」  直桜の呟きに、女性の唇が弧を描いて見えた。 「命脈が、繋がりそうよ」  言葉の意味が解せずに、全員が押し黙った。 「桜谷集落の惟神、化野の鬼、伊吹山の鬼、角ある蛇、土蜘蛛、八咫烏、猫、穢れた神力、七支刀、神の血族、狼、天狗、呪禁術、鬼神、花の種」  女性が言葉を紡ぎながら、立ち上がる。  そう、紡ぐという表現がふさわしいと感じた。まるで言葉と言葉を繋げるように奏でる。  手元の本を翳す。  手の中で勝手に開いた本が探すように独りでにページを捲る。定まって開くと、女性の目が直桜たちに向いた。  直桜の胸から金色の丸い神力が浮きだした。  後ろに立つ智颯からも同じように神力が浮き出る。  慌てて二人に駆け寄ろうとした護と保輔の胸からは赤い霊力が丸く弾き出た。  それらが総て、本の中に吸い込まれていく。  女性が本を閉じた。 「一体、何なのですか? 我々に何をしたのです?」  一歩前に出て、護が抗議している。  13課の中に在る部署だから、敵ではないのだろうが、出会い頭に不躾ではある。 「大変申し訳ございません。皆様の特異な気質と求めてやまない命脈の欠片を前に、お嬢様の好奇心が先に動いてしまったようです。主に代わり、お詫び申し上げます」  黛が深々と頭を下げた。 「オカルト担当統括、華族椚木家当主、マヤ様です。どうぞ、仲良くしてあげてくださいませ」  別の方向から声が飛んできて、視線を向ける。  メイド服に身を包んだ女性が頭を下げていた。三十代くらいの美しい人だ。着ているメイド服も中世仕様なのか、丈が長く品があって落ち着いて見える。 「メイドの(すみ)と申します。お嬢様の言葉が解せぬ時は、この墨か、黛にお声掛けくださいませ」  直桜だけでなく、全員が呆然としていた。  マヤが直桜の前に立ち、指で胸を突いた。 「総ての始まりは、貴方。貴方が閉じていた扉を開いた」  迫るマヤの顔から逃げるように仰け反る。 「どういう、意味? 俺が13課に来たからってこと? 惟神を受け入れたからってこと?」  マヤの笑みが深まった。  腕を伸ばして、直桜の顔を胸に抱いた。 「え? えっ?」 「可愛いわ。貴方は総ての始まりなの。どんな事象も、総て貴方から始まる。貴方が生まれ持った(さだめ)、貴方が(ことわり)そのものよ」  マヤが護に目を向けた。 「貴方が運命ね。運に命を吹き込んだ。扉のこちら側に連れ出したの。神に愛された鬼の一族、運に沿う命ね」  マヤに指で胸を押されて、護が驚いた顔で一歩、後ろに引いた。 「貴方は転機、これから繋がる命脈の要、結び目ね、面白いわ」  保輔の肩を掴んで、その目をまじまじと見詰める。  顔が近すぎて、保輔が顔を引き攣らせていた。 「その目には何が映っているのかしら。私がどんな風に視える? あぁ、知りたいわ。後でじっくり教えて頂戴ね。神に愛され神を愛した鬼の最後の一人」  マヤの目が智颯に向いた。  肩をびくりと震えさせて怯えている。 「貴方は支柱ね。始点を支える柱。だけどいつでも始点になれる。自信がないのかしら。勿体ないわ。力を使いきれていないのね。何が足りないのかしら」 「ぼ、僕は、あの……」  マヤにかなりの近距離で見詰められて、智颯が過緊張になっている。  見かねたのか、円が智颯の体を少しだけ自分の方に引いた。  マヤの目が円に向く。目が合って、円が気まずい顔をした。  智颯から離れたマヤが円に、にじり寄った。  円が少しずつ後ろに下がる。逃げる円の腕を掴まえて、マヤが強引に引き寄せた。 「足りないわ」  マヤが左手を上げた。先ほど直桜たちの神力を吸い込んだ本がパラパラと開く。  そのページを確認して、マヤが本を閉じだ。 「貴方の命脈の欠片が、足りないわ」 「命脈の欠片、ですか? 命脈って、何、ですか?」  円の目を覗き込むマヤに、円が懸命に質問している。  この中で話すのが一番苦手な円なのに、頑張ったなと直桜は思った。 「命脈とは命の繋がり、命とは植物であり生物であり、人であり妖怪、時に神であります。それらが繋がって事象が起きる。事象と事象が繋がれば軌跡となる。その中には怪異も含まれます」  黛が説明してくれているが、全くわからない。 「命を辿って本物の怪異を探し出し解き明かすのが、マヤ様の能力、それをコレクションするのがマヤ様の御趣味です。この中には、マヤ様が集めた全国の怪異が眠っています」 「だから、怪異の書庫? 眠っているって、記録が残っているってこと?」  直桜の問いかけに、黛が首を傾げた。 「只の記録ではございません。生きた軌跡が保管されているのです」 「先ほどの伊吹山の絵画から鬼の気配がしたのは、生きた軌跡が眠っているから、ですか?」  護に、黛が笑みを向けた。 「御明察です。しかしながらあの絵は、まだ命脈が繋がっていない。完成していないのです」 「あの絵の完成を、皆様に御助力いただきたいと、マヤ様は考えておられます。それがきっと、皆様のお役にも立つと考えていらっしゃいます」  黛に続き、墨が説明をくれた。  どうやら直桜たちは仕事の依頼をされているらしい。 「命脈が繋がってあの絵が完成したら、俺たちのためにもなるんだね。協力するのは構わないけど、何をすればいいの?」  黛と墨の目がマヤに向く。  マヤは依然、円の腕を掴んだまま円を観察している。 「あの、椚木さん、それ以上は、ちょっと。円は極度の人見知りなので」  マヤに掴まれた円が泡を吹きそうな勢いで固まっている。  智颯が懸命にマヤを離そうとしているが、一向に離れる気配がない。  円の首筋の匂いを嗅いでいたマヤが、その皮膚をぺろりと舐めた。  体を大きく震わして、円がその場に崩れ落ちた。 「円! 円! しっかりしろ」  声を掛けながら、智颯が円の頬にキスで神力を流してやっている。  ピクリとも反応しない円の手を握って、保輔が霊力を流した。  直霊術で魂を叩き起こされて、円が顔を上げた。 「ありがと……、俺、今日は、もう無理、かも」  どうやら円の精神的な限界値を超えたらしい。 「貴方はどうして、そのままでいるの?」  マヤに見下ろされて、円が素早く立ち上がった。 「はい、すみません。立ちます」 「いや、多分、そういう意味やないで、円」  保輔が円を気の毒そうに見上げている。  マヤが円の胸に手をあてた。体を強張らせて逃げようとする円を保輔が後ろから支えた。 「ええから、視てもらえ。もしかしたら、円が智颯君の力の解放のきっかけになんのかもしれんよ」 「え? なんで、俺が?」  マヤの紅い唇が弧を描く。 「伊吹山の鬼の目には、何が映ったかしら? この子の中に眠っているモノが何か、わかるかしら」  マヤの問いかけに保輔は首を捻った。 「んー、円て、今でも十分有能やし、正直ちゃんと視たことないねんけど。言われてみたら、何か足りひん気ぃはするなぁ」  保輔が円から少しだけ離れて全身を観察している。  倒れそうな円を智颯が支えてやっている。  何となく、マヤと同じ土俵で同じ視線で会話できている保輔は凄いなと感心した。 「よくわからんけど、霊元がまだフル稼働しとらんのかね? 俺にはそれくらいしか、わからへんわ」  マヤが顎に手を添えて保輔を横目に眺めた。 「ちょっと残念だわ。貴方もまだ、鬼の力を使いこなせていないのね」  マヤが本を開く。  保輔のものと思われる赤い霊気の塊に鼻を近づけて、スンスンと嗅いだ。 「まだ新芽の匂いね。直霊術の強化を優先したのかしら。鬼の力を強化なさい。貴方が伊吹山の鬼足り得なければ、大事な人が沢山死んでしまうわよ」  保輔の顔が青ざめる。  思いっきり護を振り返った。護が保輔に寄り、手を握った。 「一緒に頑張りましょう。保輔君なら鬼の力もすぐに使いこなせますよ。心配ありません」  護の言葉に、保輔が何度も頷いた。

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