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第22話 折伏の種の開花

「明日にでも、南月山の人狼を訪ねよう。そこに、円の先代が置いて行った人狼が居る。共に話をしようぞ」  気吹戸主神に促されて、智颯と円が頷いた。 「智颯の力の解放は外が良いかなって思うんだけど、円くんの契りは解いちゃってもいいかもね」 「そうだな。円の契りはほとんど解けかけておるから、時間の問題であろうが」  直桜の提案に、直日神が同意した。 「僕の力の解放は、外でないと危険なんですか?」  智颯が恐る恐る直桜に問い掛けた。 「気吹戸は風神だし、智颯の神力で風が暴走したら、建物が吹っ飛んで宿に迷惑かけるかもだしね。勿論、俺と直日で抑えるけど、もしもがあるから」  直桜の説明に智颯が蒼い顔をしている。  智颯の両腕を、保輔が何度もさすっていた。 「智颯君、大丈夫やで。俺も気吹戸主神も直日神も大丈夫っていうたやん」  呪文のように耳元で囁く保輔の言葉に、智颯が何度も頷いている。  決意しても、やっぱりまだ怖いのだろう。 「じゃぁ、ちゃちゃっと花笑の契りを解くか? 放っておいても勝手に解けるじゃろうがなぁ」  喜多野坊の言葉に、直日神が振り返った。 「契りの相手は喜多野坊であったか。見返りは何だった?」 「人狼の里の守護じゃよ。正直、直日神たちが来てくれて助かったわ。人狼の里を襲っておる輩はなぁ、天狗だけでは、どうにもやり難い相手じゃて」  喜多野坊が珍しく難しい顔をして腕を組んだ。 「襲っておるのが妖怪のようなのじゃがなぁ。変な妖力を使いよる。妖力、いや、あれは神力か。それにしては穢れすぎておるのじゃ」  直桜は顔を引き攣らせた。 「もしかして、穢れた神力? 天磐舟が関係しているのかな」 「穢れた神力には瘴気や妖気が多分に含まれていましたから、可能性はありますね」 「饒速日の神力を穢すために、妖怪狩りしとるのやろか。やったら命の保証、ないわな。急がんと」  護に続いた保輔の言葉に、全員が真顔に戻った。 「厄介は厄介じゃが、神に浄化してもらえたら、一発で綺麗になるじゃろて。そうなれば恐れるほどの力でもないわ」  喜多野坊が豪快に笑う。 「だからのぅ、迎えに行ってやれ、花笑の坊。人狼は主の迎えをずっと待っておるぞ。儂はアレ等の姿を見ているのが切ない。来ない主を待つのは、辛いぞ」  喜多野坊はふざけているが、時々核心を突くなと思う。  円が決意した顔で頷いた。  向かい合って座った喜多野坊の指が、円の胸に吸い付いた。 「ほとんど解けかけた契りじゃ。坊は力が強いのぅ。強く願ってみよ」 「何を、ですか?」 「今、自分が持っておる一番の願いじゃ」  円が喜多野坊の指先を見詰めた。  胸に当てられた指に、手を重ねる。 「力が、智颯君の傍にいられるだけの、力が、欲しい」  円の手から気が溢れた。霊力に少しずつ、神力と妖力が混ざっていく。  力が大きく膨れ上がって、円の全身を飲み込もうとする。  慌てた智颯が前に出た。 「円!」  膨れ上がっていく気を智颯の手が抑えこむ。  重ねた智颯の手から神力が流れ込んで、円の胸が光った。  パン、と弾ける音がして、力が流れ出した。  霊力でも妖力でも神力でもない、総てが混ざり合った力は秘色《ひそく》をして、円の手の中に弓の形で霊現化された。 「契りが弾けた途端に、鬼力が成ったか」  直日神がニコリと笑んだ。 「先を越されたな、護」  驚いた顔をした護が、直日神から円に目を向ける。  信じられない顔をして弓を手にする円は、確かに今までとは違う力を纏っていた。 「儂はなーんにもしておらんぞぉ。坊が自分で契りを破ったのじゃ。花笑が持つ折伏の種は、今一度、目を覚ました。自覚せよ。其方は妖怪を守る人間、伊吹山の鬼の仲間であり、惟神の守人じゃ」 「伊吹山の、鬼の……仲間、惟神の、守人」  円の目が保輔に向く。  保輔もまた、護のように驚いた顔をしていた。 「鬼力、先に体得、したよ」  保輔に向かい笑んだ円の顔は、今までにないほど自信に溢れていた。  保輔の顔が驚きから歓喜に変わる。 「俺も、負けてられん。今よりもっと強くならな!」  興奮する保輔は、とても嬉しそうだ。  二人の若者を満足そうに眺める喜多野坊は如何にも天狗の顔をしていて、意外にも格好良く見えた。 「結局、置いてけぼりを喰らってしまいましたね」  そう話す護は残念そうではあるが、そこまで悲観がっても見えない。 「でも、今の円くんの姿を見て、何かがわかった気がしました」  直桜を振り返った護もまた、保輔のような顔をしていた。

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