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第33話 お疲れ様の晩餐

 日が暮れる前に、連の埋葬が終わった。  山頂より少し外れた、景色が良い場所を、南月が勧めてくれた。  今は時期外れで何も咲いていないが、四季折々の山の花が咲く場所なのだというう。 「毎日、私がお参りに来ますよ。何か好きだったものは、ありますか」 「……サキイカ」  南月の問いに、保輔は小さく答えた。 「ガキん頃から甘い菓子より酒の肴みたいなんが好きな奴やってん。買いに行くと飲酒疑われて、叱られたりしてな。酒は飲んでなかったけどなぁ」  墓に手を合わせながら、保輔が鼻を啜る。 「サキイカ、たくさん用意しましょうね」 「ちょっとでええよ。アイツ、小食やってん」  歩き出した直桜たちの最後に続いた保輔は、歩を止めて振り向いた。 「またすぐに来るさけ、待っとれよ」  夕陽に照らされる墓石に言い添えて、保輔は直桜を追いかけた。   〇●〇●〇  岐多温泉の宿に戻ると、茶々が丁寧に出迎えてくれた。  部屋に戻ると、すでに料理が準備してあった。 「食材の賞味期限が心配でしたので、作ってお待ちしておりましたぁ。いやぁ、今日帰って来なかったら食べちゃうところでしたにゃ」  茶々が招き猫的なポーズで可愛い仕草をしている。 「人狼の里に入って一日しか経っていないと思うけど」 「日付、超えてすら、ないね」  不審がる智颯と円とは裏腹に、直桜と護には覚えがあった。 「淫鬼邑と同じですね。あの時も数時間のつもりが三日経過していました」 「現世と幽世の時間経過が違うって、よくあるんだよ」  護と直桜の説明に、智颯と円が絶句する。 「そうですにゃぁ。もう一週間経過していますにゃぁ」  茶々の言葉に、案の定、智颯と円は驚いている。  体感的に、それくらいだろうなと思った。  淫鬼邑の時より確実に長い時間を人狼の里で過ごしている。 「この度は我が月山連峰における惨事を解決してくださり、本当に有難うございましたにゃ。宿の管理者として、ささやかながら皆様にお礼ですにゃ」  小さな天狗たちが追加の料理を運んでくる。  山の幸海の幸が並んだ食卓は、旅館にしても豪勢だった。 「神様に捧げる御食事ですので、それはもう縁起ものばかりでございますにゃ」  茶々を始め、小人のような天狗たちが揃って直桜と智颯に手を合わせた。 「やめて、神様っていうか、惟神だから。そういうのは直日とか気吹戸にして」  茶々が悪戯に笑う。  猫でも表情がわかるなと思った。猫又だからだろうか。 「天狗を始めとした月山の妖怪たちは直桜様と智颯様の味方にゃ。今後、窮地には我等が駆けつけます故、遠慮なくお声掛けくださいにゃ。声掛けがなくても助力に参りますにゃ」  茶々の顔付が妖怪じみて、貫禄を感じた。 「茶々さんは宿の管理者なんだよね?」 「はいにゃ。ついでに月山の妖怪たちの纏め役を任されておりますにゃ。天狗の爺さんはガキのようで当てにできませんのにゃぁ。神通力は頼りになるけどにゃぁ」  茶々の言葉には納得しかない。 「何かあったら、よろしくお願いします」  智颯が丁寧に頭を下げていた。 「勿論にゃ。今日はゆっくり休んで、お食事と温泉を楽しんでくださいにゃ」  ぺこりと頭を下げて、茶々が天狗たちと共に部屋を出て行った。 「とりあえず、有難く頂こう。疲れたし、お腹空いた」  大きく伸びをして直桜は席に着いた。 「そうですね。那智さんや神様たちは当分帰っては来ないでしょうし、私たちは食事してしまいましょうか」  久しぶりに会ったのに寄っても行かないつもりか、という喜多野坊の一言で那智は鬼面山の天狗の里に半ば強引に連行された。  一緒に行く気満々だった気吹戸主神に付いて直日神も御山に行った。きっと二人が心配だったのだろう。 「神様が惟神から離れて、問題ないん?」  保輔の素朴な疑問に、直桜と智颯が顔を見合わせた。 「気吹戸はいつも勝手にフラフラどこかに行っちゃうから気にしてなかった」 「直日はあんまり俺の傍を離れないけど、問題ないかな。どこにいても神力はお互いに感じるから」 「神様も色々なんやなぁ。性格とか、あんねやね」  保輔の言葉が、どこか呆れを含んで聞こえた。 「天ぷら、美味しい。冬なのに、タラがあるんだ」 「山菜のおひたし、ワラビだね。保存してるのかな? それとも秘密の群生地とかあるのかな」  智颯が感動しているのにつられて、直桜も同じ気持ちになった。  タラもワラビも集落では春になると、よく食べていた。  山にはよくある山菜だ。あの頃は何とも感じていなかったが、今はちょっとだけ懐かしく思う。   「鮎の塩焼き、美味しいですね。昔は釣りをして焚火で焼いて食べていました。子供の頃を思い出します」  きっと翡翠と一緒に食べていたのだろうなと思った。  素直に懐かしんでいる護に、ほっと胸を撫でおろす。 「俺にとっては新鮮、かも。普段、食べないものばっかり、だけど、こういう食事、好き」 「円は基本、野菜とか魚とか好きだから、集落の食事が合うかもな」 「だから、智颯君が、作ってくれるご飯、好き」  微笑む円に、智颯が照れている。  その奥で黙々と食事している保輔が気になった。 「保輔は好き嫌いとか、ある?」 「ん? ないよ。何でも食う。どれも美味い。タラとかワラビとか、こんな立派なの、東京やったら高く売れるなぁって考えとった」 「え? そうなのか? 春に山に入ったら、普通にその辺にあるのに?」 「東京に山、ないもん」  智颯の驚きに保輔が普通に頷き返している。 「山菜は東京だと珍しい食材だから、買おうと思うと確かに高いですね。川魚を食べる機会も少ないですし」 「俺にもなんか食わせろ。腹減った!」  知らない声が聞こえて、一同が押し黙った。  直桜と護の間にいる朱華が、手を上げていた。 「え? 朱華、今、喋った?」 「おうよ! 護が鬼力を得たからな。俺もレベルアップした!」  えっへん、という声が聞こえてきそうな勢いで朱華が胸を張る。 「とりあえず、鱧の天ぷら、食べますか?」 「食う! 俺は直桜と護が好きなものが好きだからな!」  大きく口を開けて、天ぷらに食らいついた。 「んめぇ! 俺も頑張ったから、御褒美くれ!」  護の膝に乗って、更に食事を催促する猫を、直桜は呆然と眺めた。 「直桜様と護さんの気が混じると、こういう性格になるんですね」  智颯がぽそりと零した言葉に、ドキリとした。  護に食事を口に運んでもらった朱華が満足そうに、もぐもぐしている。 「そういう意味やったら、瀬田さんと化野さんの子供みたいなもんなのやなぁ」  保輔が何気なく言った言葉がやけに恥ずかしく感じて、動転した。 「子! 俺、いつの間に産んだの……」 「直桜? 珍しくボケてますか?」  護に珍しく突っ込まれて、余計に顔が熱くなった。 「子供で合ってんじゃねぇの? 俺は直桜の神力と護の血から生まれてんだし。パパ二人いて、嬉しいぜ」  ぬいぐるみなのに、笑顔がわかる。  パパ、という単語に余計に照れが増す。護も流石に顔が赤い。 「化野さんの、鬼力、凄かった。朱華が、喋るくらいの、レベルアップだったのも、納得、です」  阿久良王を退けた護の鬼力は、円が評する通り凄まじかった。炎の強さも鬼力の濃さも、今までの血魔術の比ではない。 「綺麗な朱華《はねず》の炎だったね」  何よりも美しいと思った。魔を焼き邪を打ち祓う、穢れが混じった清浄な炎は如何にも護らしい。 「朱華がたくさん助けてくれたから、皆が助けてくれたから。一人ではきっと成し得ませんでした。もっと強くて綺麗な朱華の炎にしたいですね」  護に頭を撫でられる朱華は、満足そうだ。 「俺だけ、後れを取ってしもたな」  保輔が小さく零した。  護の膝から飛び上がった朱華が、保輔の頬をパンチした。  小さな手の割に、保輔の体が傾くほどの威力で、全員が呆気に取られた。 「何すんのや、この猫! なんでお前に殴られなあかんのや!」  頬を抑えて、保輔が朱華に怒っている。  隣に座る円の肩に朱華が乗っているから、円に向かって怒っているように見える。  「手前ぇも成長してるから心配すんな! でもな、自分に何が足りないのか、よぉく考えな!」  無いはずの親指がびしっと立って見える。  ぬいぐるみだから、そこまで表情はないのに、すごくイイ顔で言っているように見えるのが不思議だ。 「大事なアドバイスされとぅ筈やのに、素直に頷けへん。なんでやろ」  軽く俯いて悩む保輔の肩に円が手を置いた。 「何となくわかる。保輔はあんまり間違ってない、大丈夫」  円に労われても、保輔の表情は難しいままだ。 「二人のどっちにも似てないけど、どっちにも似ている気がしますね」  智颯が零した言葉を、直桜は素直に受け入れられなかった。

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